成長障害疾患分野学校健診への成長曲線の導入経緯と
北九州市での取り組み
JCR Growth Report特別座談会「第4回FRONTIERS TALK」より ①
参加医師
- 日本赤十字北海道看護大学 伊藤善也先生/きのしたこどもクリニック 木下英一先生/長崎大学 伊達木澄人先生(司会)/産業医科大学 山本幸代先生 (五十音順)
2021年8月にJCR Growth Reportの特別座談会「第4回 FRONTIERS TALK」が開催された。学校保健のエキスパートである4人の先生方が学校保健における成長曲線の活用状況や今後の課題などについて活発に議論を交わした。
WEBサイト「Growth Hormone Pro」では、この特別座談会での議論の内容を3回に再編集してお届けする。第1回のテーマは「学校健診への成長曲線の導入経緯と北九州市の取り組みの現状と課題」。成長曲線が学校健診の場に導入された経緯や、北九州市での活用状況と課題について意見が交わされた。
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ポイント
- 学校健診への成長曲線の導入で、低身長、高身長、肥満、痩せを早期発見
- 成長曲線の導入には医師会や教育委員会の話し合いの基盤が必要
- 精密検査の受診率向上には、養護教諭が保護者へ受診の重要性を説明するためのマニュアルも必要
学校健診への成長曲線の導入の経緯
平成26年(2014年)4月に「学校保健安全施行規則の一部を改正する省令」が公布され、平成28年(2016年)に施行された。これにより学校保健における身長・体重成長曲線の運用が始まった。現状では成長曲線の運用は努力義務だが、既に成長曲線に基づく受診勧奨を開始した地域もある。一方、受診勧奨後の精密検査を行える医療機関がないといった課題を抱え、実際の運用に苦慮するケースや地域格差も明らかになってきた。
司会の長崎大学、伊達木澄人先生は、「成長曲線の学校健診における必要性、導入の経緯と意義、その有効性」について、日本赤十字北海道看護大学の伊藤善也先生に聞いた。
伊藤先生は、日本の学校保健の歴史と成長曲線の導入について次のように説明した。
「日本の学校保健は国際的にみても大変優秀で、制度が整っていると考えています。学校保健安全法のなかで何を行うかが定められており、歴史を遡ると明治33年(1900年)から身体計測が行われています。平成26年(2014年)4月には身長・体重を成長曲線という形で学校保健のなかで利用するように文部科学省が通知し、平成28年(2016年)から実際に運用されるようになりました。ただし、一足飛びに成長曲線が導入されたわけではなく、まずはそれまで行われていた座高の測定や寄生虫検査などが除かれ、それに対して運動器検診が加わるなど、調整が続けられた経緯があります。成長曲線は、こどもの健康を見守り、疾患を早期発見することに有用であるという流れのなかで採用されたと受け止めています」(伊藤先生)。
それまでにも一部の学校には、成長曲線に熱心に取り組む養護教諭や学校医もいた。「身体計測の結果を通知する健康カードのようなツールに成長曲線や肥満度の判定曲線を印刷し、そこに生徒や家族がプロットして活用するという取り組みもありました。しかし、これらは全国的な取り組みではなかったので、全国に普及させるという意味で文科省からの通知は有意義だったと考えています。ただし、現状では“義務”ではなく“努力義務”であるために、まだ取り組んでいない地域も少なくありません。これをどう広げていくかがこれからの課題ではないでしょうか」(伊藤先生)。
きのしたこどもクリニックの木下英一先生は、学校保健における成長曲線の導入の意義などについて、次のように話した。「成長曲線の作成・導入は、日本小児内分泌学会・成長曲線管理委員会委員長の伊藤先生、日本学校保健会の村田光範先生のご尽力によるところが大きかったと感じています。成長曲線導入の意義は、身長だけでなく、肥満や痩せも含めて早期に発見できることです。実際に、成長曲線の導入により早期発見事例も増えてきました」(木下先生)。伊達木先生も、「学校健診に成長曲線が導入されるようになってから、思春期早発症や高度肥満の患者さんが紹介されるケースが増えている印象があります」と指摘した。産業医科大学の山本幸代先生も、「北九州市においては、もともと周辺の郡や市の患者が北九州市の総合病院を受診するケースが多く、周辺からの紹介数が年々増えています」と話した。
木下先生は、成長曲線の導入とその効果の顕在化によって、保護者や養護教諭、学校医のこどもの成長に対する関心も高まっているようだと見る。「われわれ小児内分泌科医は、成長曲線の裏に隠れている重篤な疾患や治療すべき疾患を見逃さないように、積極的に関与していくべきだと思います」(木下先生)。
北九州市の成長曲線利用率は100%、
課題は受診率の向上
では、実際に成長曲線を学校保健に導入している地域の運用の現状はどうなっているのか。北九州市では、成長曲線が運用開始された平成28年(2016年)から受診勧奨の基準を定め、基準に当てはまる児童全員に小中学校から受診勧奨の通知を送っている。
北九州市の中心メンバーの1人である山本先生は、「伊藤先生が前述された通り、成長曲線の利用は義務ではありません。しかし、学校では学校保健安全法を遵守すべきだと考えています。そのため、平成26年(2014年)の通知の時点で教育委員会は成長曲線の利用を「100%遵守」と解釈し、北九州市の学校健診での成長曲線活用率は100%になりました」と説明した。
北九州市ではこうした取り組みを行いやすい背景があった。もともと北九州市医師会には小児生活習慣病専門委員会があり、小児生活習慣病予防健診を行なっていた。「そこで成長曲線も扱うことを決め、受診勧奨の基準を定めました」と山本先生。具体的な基準は、『児童生徒等の健康診断マニュアル』1)の成長曲線と肥満度曲線による分類(表1)の2および4〜9に基づき、肥満度50%以上の高度肥満、および肥満が急進しかつ中等度以上の児童を該当者とし、肥満については人数を絞り受診勧奨をしている。
「実際には、学校は学校医に相談した上で受診勧奨を行いますが、学校医が判断に困らないように『基準に該当したら自動的に受診勧奨を行う』と決めています。同時に、医師会で精密検査担当医療機関のリストを作成し、それを保護者に渡して受診者がその中から選べるようにしています。これらにより、市内の小中学校、特別支援学校の成長曲線作成率および事後対応率は100%になっています」と山本先生は紹介した。
ただし、課題も残っている。それが受診勧奨された児童の受診率だ。山本先生によれば、小学生の成長に関する受診率は約40%、肥満に関する受診率は約30%、中学生は成長、肥満ともに約30%で、いずれも50%を割っている。「今後は受診率をいかに上げるかが課題です。対策として、教育委員会から学校に、受診勧奨した方全員に対する受診の有無の確認と、受診していない場合の再勧奨をお願いしています」(山本先生)。
受診率が伸びない要因として、保護者へ受診の必要性を説明する難しさが挙げられる。「養護教諭へのアンケートで、保護者からの『なぜ受診しなくてはいけないのか』といった医学的な説明が必要な質問への回答が難しい、説明しても理解してもらえないなどの回答が多くありました。そこで2年前に説明用のマニュアルを作成し、全ての小中学校と学校医に配布して活用してもらうようにしました。その結果、少しずつ受診率は上がりましたが、まだ50%を超えるほどにはなっていません」(山本先生)。
「北九州市は非常にうまくいっていますが、その大きな理由は、取り組む前から医師会が何らかの委員会を作っていて、教育委員会も前向きに動いたためではないかと感じました」と伊藤先生。
これに対して山本先生は、「食物アレルギーやいじめ、不登校といった学校にとって対応が優先される問題もあり、小児生活習慣病予防健診をスタートするまで10年ほどかかりました。その間に、医師会、教育委員会、校長会、養護教諭会の方々と話し合いを重ねた基盤があったことが、成長曲線の導入にスムーズに対応できたことにつながっているのではないかと考えています」と話した。
一方、北海道ではなかなか進んでいない現状があるようだ。「北見市や旭川市をみても、北九州市のような基盤が築かれていませんでした。札幌市は小児科医会の先生が中心となり、ようやくシステムが動き始めたと聞いています。医師会や支援する先生方の取り組みが大きく影響すると感じます」と伊藤先生。
導入には地域性も関係する。伊達木先生は大都市や大きな自治体では成長曲線の活用が難しい印象を受けると話した。山本先生もこれに同意し、「たとえば北九州地区では北九州市周辺の郡市は精密検査のために北九州市の施設に児童を送ります。北九州市は成長曲線の活用率が100%ですが、さらに周辺まで広げた北九州地区全体でも活用率は98%となります。つまり、それだけ精密検査数も多くなり、比較的都市部に受診できる施設がないと受診率を上げるのが難しいのではないでしょうか」と指摘した。
第2回では、医師会を中心に成長曲線の導入を推進した長崎市の事例を紹介しながら、受診勧奨事例抽出と受診率向上のための現状と課題についてお話しいただいた。
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伊藤善也 先生
日本赤十字北海道看護大学
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木下英一 先生
きのしたこどもクリニック
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伊達木澄人 先生
長崎大学
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山本幸代 先生
産業医科大学
五十音順
参考文献
- 文部科学省スポーツ・青少年局学校健康教育課 監修, 公益財団法人 日本学校保健会 発行, 児童生徒等の健康診断マニュアル 平成27年度改訂
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