成長障害疾患分野GH-IGF-1系の全体像と、IGF-1受容体異常症の診断・治療
島根大学医学部小児科学講座 准教授
鞁嶋有紀先生
(取材日:2024年12月12日)
成長ホルモン(growth hormone : GH)とインスリン様成長因子1(insulin-like growth factor-1 : IGF-1)は成長に関わる重要な因子だ。それぞれの相互作用により脈動的な刺激や濃度調節を行う「GH-IGF-1系」で、成長・代謝をはじめ多くの作用をコントロールしている。また近年は遺伝子が原因となる成長障害の研究が進んでいるが、IGF-1受容体異常症は特徴的な所見に乏しいため診断が難しい疾患の一つだ。今回は、島根大学医学部小児科学講座 准教授の鞁嶋有紀先生に、GH-IGF-1系の全体像から、IGF-1受容体異常症の診断・治療における留意点に加え、治療におけるGH分泌の脈動性の考慮についてお話を伺った。

GHとIGF-1は相互依存的に成長や代謝を制御
成長や代謝は、GHとIGF-1の相互作用により調節される。「GHとIGF-1はどちらも直接作用としての成長・代謝作用があるが、それに加えてIGF-1が下垂体にフィードバックされてGH分泌量を制御するといった相互依存的な作用もある。こうした複雑なGH-IGF-1系の中で、GHとIGF-1の作用のバランスが保たれている」と鞁嶋先生は話す。GH-IGF-1系におけるGHとIGF-1の主な働きは以下の通りだ。1) 2)
● GHは下垂体から分泌され、肝臓からのIGF-1分泌を促す。また、脂肪分解、糖代謝、筋肉増強、性成熟、生殖内分泌機能の補助などの役割を持つ。
● IGF-1は糖代謝、細胞分化・増殖などの役割を持つ。IGF-1は主にGH刺激により分泌されるが、栄養が誘因となり分泌されることも知られる。血中IGF-1のおよそ75%は結合タンパクと結びついた三量体(IGF-1、insulin-like growth factor binding protein-3 : IGFBP-3またはinsulin-like growth factor binding protein-5 : IGFBP-5、acid-labile subunit : ALS)として存在することで血中に維持され、結合タンパクが外れたIGF-1がターゲット細胞のレセプターに働きかけ、成長や代謝の作用が起こる。

またホルモンのシグナル伝達の方式には、autocrine(細胞から分泌されたホルモンが、その細胞自身に作用する)、paracrine(細胞から分泌されたホルモンが、血液を介さず隣接した細胞に作用する)、endocrine(細胞から分泌されたホルモンが、血液を介して運搬され他の細胞に働く)の3つが存在する1)。GH-IGF-1系において、GHはparacrine及びendocrine、IGF-1はautocrine、paracrine、endocrineにより働く1)。「autocrine/paracrine/endocrine三位一体のIGF-1の作用に加えて、脈動的に分泌されるGHの作用が揃った際に成長が促される。それら作用の中で不足しているものがあれば律速となり、正常範囲の身長には達しないと推察される」と鞁嶋先生は説明する。「Laron症候群はGH受容体の遺伝的異常によって引き起こされる疾患であり、正常または高い血中GH濃度を示すにも関わらず、IGF-1の分泌が著しく低下する3)。本疾患においてrhIGF-1による治療を行った場合も正常身長に達しないケースが多いが、このことはGH依存性のIGF-1が正常身長に達するために必要な要素であることを示しているのではないか」(鞁嶋先生)。

IGF-1受容体異常症の病態と診断
網羅的な遺伝子解析技術の進展により、低身長の原因遺伝子に関する研究が進んでいるが、特発性低身長(idiopathic short stature : ISS)には単一遺伝子異常だけでなく、多因子遺伝や環境因子といった様々な要因が存在する4)。「低身長の原因遺伝子として古典的に知られているものとしてGH-IGF系タンパク関連遺伝子があるが、発生頻度は比較的少ないとされる。近年では成長板に関わる遺伝子異常が報告されており、SHOX(short stature homeobox)やACAN (aggrecan)、IHH(Indian hedgehog)、FGFR3(fibroblast growth factor receptor 3)などが例として挙げられる4)。IGF-1受容体遺伝子も成長板に関わる因子の1つであり、当該遺伝子の異常が低身長の約1%またはSGA(small for gestational age)性低身長症の約2%に見られるとする報告がある5)。国内においては2005年に初例が報告されたが6)、これまでに報告されている症例数は20例に満たない7)。GH国内においてもSGA性低身長症の2%が本症であるならば、実際の症例数はもっと多いと考えられる」と鞁嶋先生は指摘する。
IGF-1受容体異常症の所見について、鞁嶋先生は次のように説明する。「典型的な所見は、IGF-1高値を示すこと、SGA性低身長症であること、GH負荷試験でGHのピーク値が高いことだ。ただしSGA性低身長症に該当しないケースや、IGF-1値が正常範囲内のケースなど、特徴的な所見が乏しい場合もあり、そのような症例は未診断の例が多いのではないか。IGF-1受容体異常症の診断基準としてWalenkampのスコア5)があり、①出生体重・出生身長②現在の身長③現在の頭囲④IGF1値のうち3つ以上が基準を満たす場合(※)には本症を疑うべきとされているが、こちらのスコアを用いても発見が難しい場合はある」(鞁嶋先生)
※診断基準の詳細は右記の通り。①出生体重、出生伸長が-1SD未満 ②現在の身長が-2.5SD未満 ③現在の頭囲が-2SD未満 ④IGF-1値が0SDより大きい のうち3つ以上を満たす場合5)
また、IGF-1受容体異常症は大きく二つに分けられる。一つは、IGF-1受容体遺伝子を含む微小欠失や他の染色体異常を伴うケース。もう一つは一塩基置換など、バリアントで小さな遺伝子変化が起きているケースだ。前者は成長障害の程度が強く、発達遅滞などの合併症があることが多い。一方後者は特徴的な所見が少なく、通常のSGA性低身長症やISSと判断されるケースも見られる。「未診断例が多くいる可能性があり、今後は遺伝学的検査の体制確立が望まれる」(鞁嶋先生)
それでは特徴的な所見が少ないケースにおいて、どのようにIGF-1受容体異常症を疑えばよいのか。鞁嶋先生は「IGF-1受容体異常症があるケースにおいてGH治療を行うと、IGF-1が高値になるという特徴がある。我々の研究では、SGA性低身長症の適応があるIGF-1受容体異常症の患者さんで、GH治療を行った全ての症例でIGF-1値が2SD以上の高値となった。通常量のGH 治療を行い、他の原因がないにもかかわらずIGF-1の高値を示す場合にはIGF-1受容体異常症を疑い、遺伝子検査を行うことが選択肢となる」と推奨する。また、SGA性低身長症の適応があるIGF-1受容体異常症6例に対するGH治療後のIGF-1値の変化を見た鞁嶋先生の研究7)では、全例で1SD以上の身長増加が得られたが、全てのケースでIGF-1値は2SDを超え、最大では6SDに近い値となった。
IGF-1受容体異常症の治療に向けた課題について、「単一遺伝子の異常に伴う低身長治療については保険適用されるケースが増えている。IGF-1受容体異常症は、SGA性低身長症に該当する場合にはSGA性低身長症として保険適用での治療が可能だが、本症自体の保険適用はない。GH治療が有効であるケースもあるため、本症に対するGH製剤投与の確立が望まれる」と鞁嶋先生は指摘する。

GH治療後の身長SD変化、およびGH治療後のIGF-1値7)
GH治療や遺伝子検査の過程においては、患者さん・ご家族との向き合い方に留意
低身長の原因となる遺伝子疾患の解明が進む一方、遺伝子検査によって必ずしも原因が特定できる訳ではない。成長障害の診断・治療において、患者さん・ご家族の意向とはどのように向き合うべきだろうか。「身長は遺伝的影響も大きい。成長障害の程度が強い人や、成長障害以外にも気になる点が多数ある人は遺伝子検査を勧める必要がある。しかし成長障害の程度が強くなく、その他に気になる点がない場合には判断は変わる。遺伝子検査自体どこでもできる検査ではなく、保険適用も限定的な状況だ。検査の結果、治療法がないケースもあり得る。まずは患者さんファーストで、検査や治療への意向を含め、何をしてほしいかを丁寧に聞き取ることが大切だ」と鞁嶋先生は話す。
患者さんやご家族の意向を伺う場合には、留意すべき点もある。「子どもは親の前では本心を言えないこともある。あるケースでは、お子さんは背が低いことを気にしており治療を受けたい気持ちがあったものの、治療に対してネガティブな親御さんの前ではその気持ちを言えずにいた。偶然お子さんが一人になったタイミングで『これをしたら背が伸びるの?』とお子さんから聞かれたことで、本当は背を伸ばしたいのだ、と気付くことができた。その後はチャイルドライフスペシャリスト(※)にも介入していただき、親御さんも含めて話し合いをした結果、治療実施の選択に至った。治療を行うこと自体の効果はもちろんのこと、このように親子で話し合うプロセスを経ることが重要だったのでは」と鞁嶋先生は経験を振り返る。
※医療環境にある子どもや家族に、心理社会的支援を提供する専門職8)

GH治療におけるGH分泌の脈動性の考慮
最後に、GH治療におけるGH分泌の脈動性の考慮についてお伺いした。「GHは脈動的に分泌されている。高齢者ではGHの日内変動は少なくなるが、若い方では夜間に強い脈動性の分泌がある9)。また、分泌のされ方には性差があることも報告されている10)。年代では思春期にGHの分泌が最も高まるが、このことは思春期の成長スパートと関連すると考えられる11)」(鞁嶋先生)
GH分泌の脈動性を考慮した際に、GH製剤選択に影響があるかについては「近年は長時間作用型のGH製剤が登場し、製剤選択の選択肢は広がっている。特定のケースにおいてどのような治療選択を行うべきかについては未解明の点もあると感じるため、今後の研究を注視していきたい」と鞁嶋先生は話す。

GH分泌の脈動性の観点からも生活習慣は重要である。「出来るだけストレスを少なくし、しっかり栄養をとることが大切だ。栄養面では、ある程度のカロリーとタンパク質が必要で、脈動性を考えれば3食しっかり摂ることが望ましい。痩せている患者さんや低栄養が気になる患者さんについては、食事量も聞き、丁寧な指導をしている。ただしそうした指導がかえってストレスになることもあるため、患者さん・親御さんの想いをくみ取った対応を心掛けている」と鞁嶋先生は話す。今回の取材を通して先生からは、科学的根拠に基づく“evidence-based medicine”と、患者さんが語る物語や病を主体と捉える“narrative-based medicine”を両輪とした診療姿勢が伺えた。
鞁嶋有紀先生
(かわしま ゆき)
島根大学医学部小児科学講座 准教授
1996年、富山医科薬科大学医学部卒業。2012年、鳥取大学医学部周産期・小児医学講師を経て2021年より現職。日本小児科学会指導医・認定医、日本内分泌学会 内分泌代謝指導医・専門医、日本人類遺伝学会臨床遺伝指導医・専門医。
参考文献
- S Yakar, et al. 40 YEARS OF IGF1: Insulin-like growth factors: actions on the skeleton. Journal of Molecular Endocrinology. 61(1):T115-T137. 2018. (PMID: 29626053)
- I. Martín-Estal, et al. Intrauterine Growth Retardation (IUGR) as a Novel Condition of Insulin-Like Growth Factor-1 (IGF-1) Deficiency. Rev Physiol Biochem Pharmacol. 170:1-35. 2016. (PMID: 26634242)
- Z Laron, H Werner. Laron syndrome - A historical perspective. Rev Endocr Metab Disord. 22(1):31-41. 2021. (PMID: 32964395)
- M.J.J Finken, et al. Children Born Small for Gestational Age: Differential Diagnosis, Molecular Genetic Evaluation, and Implications. Endocr Rev. 1;39(6):851-894. 2018. (PMID: 29982551)
- M.J.E Walenkamp, et al. Phenotypic Features and Response to GH Treatment of Patients With a Molecular Defect of the IGF-1 Receptor. J Clin Endocrinol Metab. 1;104(8):3157-3171. 2019. (PMID: 30848790)
- Y Kawashima, et al. Mutation at cleavage Site of Insulin-Like Growth Factor Receptor in a Short-Stature Child Born with Intrauterine Growth Retardation. J Clin Endocrinol Metab 90(8):4679-4687. 2005. (PMID: 15928254)
- Y Kawashima-Sonoyama, et al. Clinical characteristics of and growth hormone treatment effects on short stature with type 1 insulin-like growth factor receptor (IGF1R) gene alteration. Endocrine Journal.12;71(7):687-694. 2024. (PMID: 38710621)
- 一般社団法人日本チャイルド・ライフ・スペシャリスト協会 チャイルド・ライフ・スペシャリストとは? https://jaccls.org/cls_about/ (2025年4月4日閲覧)
- K.Y. Ho, et al. Effects of sex and age on the 24-hour profile of growth hormone secretion in man: importance of endogenous estradiol concentrations. J Clin Endocrinol Metab. Jan;64(1):51-58. 1987. (PMID: 3782436)
- P.M Martha Jr, et al. Pubertal growth and growth hormone secretion. Endocrinol Metab Clin North Am. Mar;20(1):165-182. 1991. (PMID: 2029886)
- J. D. Veldhuis, et al. Gender and Sexual Maturation-Dependent Contrasts in the Neuroregulation of Growth Hormone Secretion in Prepubertal and Late Adolescent Males and Females—A General Clinical Research Center-Based Study. J Clin Endocrinol Metab. 85(7):2385-2394. 2000. (PMID: 10902783)
本ページでは、医学および薬学の発展のためのコンテンツを提供しております。本コンテンツは、弊社医薬品の広告宣伝を目的としたものではありません。