成長障害疾患分野成長ホルモン治療の心筋肥大への影響と治療継続に向けたポイント
芳賀赤十字病院 小児科 院長補佐兼小児科主任部長
菊池豊先生
近年、成長ホルモン製剤の適応症は成長ホルモン分泌不全性低身長のほかに、SGA性低身長症やヌーナン症候群などへも拡大している。また、連日投与が基本とされていた成長ホルモン製剤において週1回投与の製剤も登場するなど、治療の選択肢が増えている。
芳賀赤十字病院 小児科で主任部長を務める菊池豊先生は、小児循環器専門医でありながら小児科専門医としても成長障害をもつ多くの患者さんを診察するとともに、成長ホルモン治療に関する研究や調査を精力的に行っている。小児循環器専門医から見た成長ホルモン製剤の投与による心筋肥大への影響、患者さんとご家族が治療を理解し成長ホルモン治療を継続するためのポイントについてお聞きした。

成長ホルモン製剤の投与による
心筋肥大の可能性については留意が必要
小児循環器専門医である菊池先生は、2018年より「成長ホルモン補充療法と心筋成長の関係」1)として研究を行っている。研究立ち上げの背景について、菊池先生は次のように話す。「成長ホルモン製剤の適応症でもあるヌーナン症候群は、肺動脈狭窄症や肥大型心筋症を合併するケースが多い。ヌーナン症候群に限らず、成長ホルモン製剤を投与するとIGF-1が増加し骨格筋の成長に関わるため、同じ横紋筋である心筋にも影響があるだろうと考えた」 (菊池先生)

および菊池先生への取材内容より作成
臨床研究の結果について、菊池先生は循環器専門医としての考察を交えて語る。「結果としてMモードと2Dでは左室心筋重量に差を認めなかったが、4Dでは比較群よりも対象群のほうが有意に左室心筋重量が重かった。また、治療期間と左室心筋重量に相関は認められない。これらを踏まえると、成長ホルモン製剤の投与による心筋肥大の影響は現時点ではないものと考えられる。
ただし、今回の研究では患者数が少なく対象群と比較群にバイアスがあるため、完全に心筋肥大への影響がないとは言い切れない。ヌーナン症候群に対する成長ホルモン治療の安全性を検証した海外のいくつかの文献では、全てsafetyと結論付けられているが、それは心不全などを合併していないという評価のみである。心筋肥大や心筋重量の変化については言及していない。また、それらの文献では循環器専門医が治療のフォローに関わっていないケースもある。安全に成長ホルモン治療を行うために、引き続き対象群の患者さんに対しては心筋肥大への影響を観察していきたい」(菊池先生)
また、成長ホルモン治療を行う患者さんには定期的な心臓超音波検査や簡略MRIの実施が必要、と菊池先生は啓発する。「肥大型心筋症は不整脈や血流障害により突然死しやすいが、血液検査のバイオマーカーでは兆候がなく、自覚症状がある頃には重症化している。成長ホルモン治療をしている患者さんには年1回の心臓超音波検査の実施が望ましいが、難しい場合には、心臓の重量が分かる簡略MRIなどで心臓への影響を注視してほしい」(菊池先生)
成長ホルモン治療は自己注射できることよりも
継続できることが重要
成長ホルモン治療において怠薬や投与の中断をした場合、成長速度の低下を来すため、患者さんやご家族が意欲的に治療を継続することが重要とされている。しかし、成長ホルモン治療は生命予後には影響がなく、怠薬や投与の中断をしても患者さんに自覚症状はないことから、決められた投与間隔を順守できていない場合も少なくない。
小児科専門医でもある菊池先生は、芳賀赤十字病院に赴任して以降、より多くの成長障害をもつ患者さんを診るようになった。成長ホルモン治療の継続における当時の考え方について菊池先生は次のように話す。「成長ホルモン治療をしている他の先生方の文献を読むと、治療の継続には本人のモチベーションを高めることが重要で、そのためには自己注射ができると良いという意見が多かった。自分も同意見であったので、当院で成長ホルモン補充療法を行っている患者さんとご家族を対象に成長ホルモン自己注射キャンプを開催し、在宅での成長ホルモン治療に関するアンケート調査を実施した」(菊池先生)

アンケート調査と結果の解析から、在宅で患者さんとご家族がどのように成長ホルモン製剤を注射しているかの実態を知ることで、自己注射に対する考え方が大きく変わったという。「自分で自己注射をしていた患者さんは約3分の1であり、大半は親御さんが注射をしていて、中には母親に注射をしてもらっている男子中学生もいた。親御さんが冷蔵庫から成長ホルモン製剤を出したり、キャップを外したりと準備を始めるのを見ると、注射は痛くて怖いものであるという印象から、自分で注射するハードルは高いのだろう。親御さんとしても、針刺しのリスクなど気をつけることも多いため、注射をしてあげたいという気持ちを感じた。
そもそも成長ホルモン治療は継続が第一であるので、親御さんが注射を打つとしても毎日できているのであれば、必ずしも自分で打つことにこだわる必要はないと今は考えている。また、アンケート調査の項目[怠薬しないために重要なこと]では、[家族の意欲]よりも[患者の意欲]と回答した方が多かった。もう中学生だからと年齢を基準に自分で打つことに移行するのではなく、患者さん本人の意志を尊重してあげたい」(菊池先生)
とはいえ、疾患を自分ごととして理解し自分で身体を管理するためには、ゆくゆくは自分で打つ自己注射に移行せざるを得ない。アンケート調査では、幼いながらも自分で打っている患者さんもいたという。自己注射を許可する条件として、「まず清潔・不潔が理解できること。そして成長ホルモン治療を理解していることが必要だが、それが小学生なのか中学生なのかは患者さんの理解度による」と菊池先生は話す。

成長ホルモン治療を行うにあたっては温度管理や打ち方など、製剤の取り扱いについて正しく理解することが求められる。芳賀赤十字病院 小児科では週に2日ほど指導外来を設けており、看護師が1人の患者さんに対して1時間をかけて製剤の説明や打ち方の指導をしているという。指導外来の意義や患者さんとご家族への関わり方について、菊池先生は次のように語った。「患者さんが疾患や治療意義を理解することも重要だが、親御さんが成長ホルモン製剤を管理し注射することが多い以上、まずは親御さんが治療全体を正しく理解することが欠かせない。最近では週1回の投与で良い製剤を処方することもあるが、1回注射して残薬を捨ててしまった親御さんがいた。親御さんの治療理解度に合わせて、どのように説明・指導すれば正しく注射ができるかを見極め、手技を習得してもらうことを心がけている。
患者さんに対しては、成長ホルモン治療を始める際に使用する製剤を選ばせてあげることが大切だ。複数の製剤がある中でどれが自分に合うのかは患者さんには分からないが、身長が伸びていれば製剤を変えたいとはならない。製剤を選ぶ機会をフェアに提供し、これから使っていく製剤を自分の意志で決めてもらうことに意味がある。成長ホルモン治療を始めるときに患者さんやご家族にどう関わったかによって、注射へのイメージや治療意欲にも影響するのではないだろうか」(菊池先生)
地域唯一の二次救急として
成長障害に悩む患者さんを早期から治療
芳賀赤十字病院は所属する救急医療圏において唯一の二次救急であり、さまざまな疾患や年齢の患者さんを受け持つ。2024年6月に発表された地域医療指数のDPC標準病院群では、上限8ポイントのところ芳賀赤十字病院は7.5ポイントと、地域医療への貢献が見て取れる。3) 芳賀赤十字病院に赴任して以降、成長障害をもつ患者さんを診ることが増えた菊池先生は、より早期から治療するために、小児医療連携の会を立ち上げたという。「医療機関・教育機関・行政に声をかけ、成長障害についての勉強会を開催し約100名が参加した。
勉強会では、-2SDを下回った場合は躊躇せずに芳賀赤十字病院へ紹介してほしいという啓発を行ったところ、実際に低身長で来院した患者さんの約20%が低身長と診断された。最初は1人であった低身長の患者さんが今では数十名となり、啓発の意義と浸透を実感している。ただし、-2SDを下回っていなければ低身長ではなく治療はできないため、引き続き成長曲線で発達を確認していただきたい」(菊池先生)
地域医療へ積極的に貢献する菊池先生は、外来担当だけでなく週に1回は当直をしている。「現在は小児科専門医として成長ホルモン治療などを行っているが、もともとは小児循環器専門医として手術をこなしていた。手先を使うことは治療成果を実感しやすいが、成長ホルモン治療のように、患者さんやご家族と話をしながら成長をフォローすることも必要な医療だ。とてもやりがいがあり満足している」と菊池先生は話す。
取材当日、保有する専門医資格の一つである日本医師会産業医・スポーツ医の更新をしてきたという菊池先生からは、地域医療を率いていく力強さを感じた。
菊池豊先生
(きくち ゆたか)
1987年島根医科大学卒業。1987年自治医科大学小児科入局、2003年芳賀赤十字病院小児科部長、2016年自治医科大学学外教授、2017年芳賀赤十字病院院長補佐兼小児科主任部長、現在に至る。日本小児科学会専門医、指導医、日本小児循環器学会専門医、日本アレルギー学会専門医、産業医・健康スポーツ医など。
参考文献
- 菊池豊 日本小児内分泌学会学術集会プログラム・抄録集「成長ホルモン補充療法と心筋成長の関係」2018
https://jglobal.jst.go.jp/en/detail?JGLOBAL_ID=201802239685947766 - 飯村加奈美ほか 日本小児内分泌学会学術集会プログラム・抄録集「成長ホルモン自己注射キャンプの開催」2018
https://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201802242581074454 - 中央社会保険医療協議会 令和6年度改定を踏まえたDPC/PDPSの現況について 「地域医療指数(体制評価指数)の内訳(医療機関別)令和6年6月1日時点」2024
https://www.mhlw.go.jp/content/12404000/001242902.pdf
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