内分泌分野小児がん経験者の
移行期医療の現状と課題
東北大学大学院 医学系研究科 発生発達医学講座 小児病態学分野 講師
菅野潤子先生
小児がん治療は進歩しており5年生存率は70〜80%に達する。全国には数万人以上の小児がん経験者(Childhood Cancer Survivors:CCS)が存在しており、成人期を迎えたCCSの数は若年成人の約500人に1人といわれている。CCSはがんそのもの・治療としての化学療法や放射線治療の影響で晩期合併症として内分泌・代謝疾患を有するケースが少なくなく、晩期合併症はそのほとんどが生涯続く。そのためCCSの治療においては、小児診療科から成人診療科へ移行する間で、シームレスな医療を提供することが求められている。東北大学病院小児科の菅野潤子先生に、CCSへの包括的な医療提供・支援を行っている東北大学病院での医療支援・取り組み・課題についてお聞きした。
CCSにおける晩期合併症の全体像と、
内分泌・代謝疾患に対するアプローチの変化
小児がんとは、0〜14歳に発症するがんを指す。日本の小児がんの罹患率は10万人当たり12.3人であり、AYA世代(Adolescent and Young Adult, 15歳から30歳代)のがん罹患率は15〜19歳で14.2人、20歳~29歳で31.1人、30歳~39歳で91.1人だ。1)
若年成人においては約500人に1人がCCSである。CCSの約4分の3は何らかの晩期合併症を有しており、そのうちの40%近くが内分泌・代謝疾患である。内分泌・代謝疾患はCCSの晩期合併症のなかで最も発症率が高く、その発生頻度は経年的に高くなる。菅野先生が診療しているCCSにおいては、原疾患は白血病やリンパ腫などの血液腫瘍、神経芽細胞腫などの固形腫瘍や脳腫瘍が多く、晩期合併症は内分泌・代謝疾患全般に及ぶ。
「CCSの晩期合併症は、成長や思春期にも影響を及ぼし、そのほとんどが生涯続く。小児がんの生存率が上がっているからこそ、小児がん治療の目的を単に生存することだけにするのではなく、治療後のQOL(生活の質)の改善も目指す必要がある」と菅野先生は指摘する。
実際この10年で、CCSの内分泌疾患に対するアプローチは徐々に変化してきた。その変化は、日本小児内分泌学会が2011年に発行した『小児がん経験者(CCS)のための内分泌フォローアップガイド 2)』と、2021年に発行した『小児がんの内分泌診断の手引き 3)』(以下、『手引き』)によく現れている。前者は小児がんの診断からフォローアップを範囲とした内容であったが、後者では小児がんの治療前、治療中、治療後に関する内容が拡充された。さらにフローチャートや表を用いることで、小児がん専門医以外にも分かりやすい内容となっている。
『手引き』が治療前も含めた内容になっているのは、「小児がんの治療歴からある程度は晩期合併症の発症予測が可能であり、早期から移行期医療を意識するように考え方が変わってきたためだ」と菅野先生は説明する。このため、『手引き』の中の治療前の章には、がん治療の前にがん治療を安全に行うための評価と、がん治療後の困りごとを軽減するための評価を行うことの重要性が示されている。『手引き』の執筆に携わられた菅野先生は、「『手引き』には、小児がん治療における内分泌・代謝疾患診療のほとんどを網羅するように具体的な対処法が記されている。これは、小児がんの患者さん以外に対する小児内分泌診療の参考にもなるため、一般の小児科の先生にも一読して欲しい」と話す。
自分の病気を
自分ごととして捉えることの重要性
CCSの治療においては、小児医療の他の分野と同じく、小児診療科から成人診療科への移行が大きな課題だ。移行とは、ライフステージに沿って小児を対象としたヘルスケアから、成人を対象とするヘルスケアへシームレスに切り替えるプロセスを指す。日本小児科学会が2023年に公表した「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人移行支援を推進するための提言 4)」によれば、その柱となるのが自律・自立、診療スタイルの移行(患者・保護者・医師の関係性の変容)、診療体制の移行だ。
移行において菅野先生が特に重要と考えているのが、“CCSが自分の病気を自分ごととして捉えられるよう促すこと”である。「小児がんを発症した場合、発症時には患者さんに告知しないケースが多い。しかしある程度の年齢を重ねてもその状態が続くと、自分が何の治療をしているのか、どうして治療を続けなければならないのかが分からなくなってしまう。将来もCCSとして力強く生きていくためには、自分の病気や健康を自分ごととして捉えられるよう、医療従事者が教育しながら診療を行うことが重要だ。そのために、がんのステージや親御さんの考え方にあわせたタイミングで十分な説明をする必要があるため、がんを患者さんに告知する場合もある。病気を自分のこととして捉えられれば、治療のアドヒアランスも上がり、成人診療科への移行もスムーズに行うことができる」と菅野先生は話す。
そのために菅野先生が心掛けているのが、患者さんにとって分かりやすい言葉を使いながら話すことである。「例えば定期フォローの検査で患者さんである子どもと親御さんが揃って受診された場合、『子どもは学校があるから先に帰して親だけで検査結果を聞きたい』と言われるケースがある。しかし、それでは子どもは病気を自分ごととして捉える機会を失ってしまう。そのため、私の診療では、なるべく患者さんである子どもも説明を受けるようにしてもらっている。親御さんが一緒にいる場合でも、親御さんではなく子どもの目を見て、子どもに分かりやすい言葉を使って説明する。そうすることで、『あなた自身の体のことですよ』というメッセージが伝わる。親御さんの子離れを促すことも、患者さんである子どもが自分の病気を理解し自分ごととして捉えるための一助となる」と菅野先生は強調する。
また、東北大学病院小児科の小児病棟には、心理社会的ケアを行うチャイルドライフスペシャリストや薬剤師、様々なメディカルスタッフが配置されている。外来では長期フォローアップ専任の看護師が患者さんや親御さんと話をする。それだけでなく、医療従事者と患者さんが密接に関わりあえるコミュニティーが形成されているようだ。「病棟内には、薬局を模したスペースがあったり、チャイルドライフスペシャリストの考えるクイズに薬の知識を学べる内容が盛り込まれていたり、子どもが治療薬に関心を持ちやすい環境づくりが行われている。院内小学校と中学校では、一般の学校と同じように学習発表会や参観があり、AYAルームでは医学部生がボランティアとして院内学級のない高校生に勉強を教えてくれている。子どもたちがお茶を入れてくれるお茶会やハロウィン・クリスマス会・豆撒きなどの季節行事もあり、病院ではなく皆が関わりあう一つの町内のこども会のようだ」(菅野先生)
移行期医療とは
移行期の診療体制には、①小児診療科から成人診療科へ完全に移行するケース、②小児診療科と成人診療科の両方にかかるケース、③小児診療科で継続診療するケースの3つに大きく分けられる。
どの体制が最適かは、疾患やその時の状態、患者さんのパーソナリティ、疾患に関する基礎知識や地域性などにより異なる。菅野先生は「東北大学病院では、2型糖尿病などの疾患は完全に成人診療科へ移行する。一方、先天代謝異常の患者さんは小児診療科と成人診療科の両方で診ることが多い。意思表示や理解が難しい重症心身障害のある患者の場合は、成人期になっても小児診療科で継続して診ている」と話す。
成人移行支援の概念図
トランジション(移行)は「小児期発症の慢性疾患を持つ患者が小児を対象としたヘルスケアから成人を対象とするヘルスケアへ切れ目なく移る計画的、継続的、包括的な患者中心のプロセス」を意味し、3本の横矢印で示した①自律・自立、②診療スタイルの移行、③診療体制の移行が柱となる。成人移行支援はトランジションのための支援で、適切で必要な医療を切れ目なく提供することやその人らしい生活を送れることを目的とし、自律・自立支援、転科支援や併診などによる診療体制の整備が含まれる。自律・自立支援には、自己管理・自己決定・ヘルスリテラシー獲得のための支援や、就学・就労支援が含まれる。
CCSの将来に関わる妊孕性・
心疾患リスクの診療フォロー
CCSは様々な晩期合併症を発症するが、中でも妊孕性が課題となる。
「小児がん患者さんの場合、近年では、多くの医師が妊孕性について説明をしている。しかし疾患の特性から、生死に関わる判断をするときには、将来の妊孕性にまで考えが及ばないことも多い」と菅野先生は語る。
しかし、妊孕性は小児がん患者さんにとって将来のQOLに大きく関わる問題だ。「女性の場合は、がん治療前の卵巣組織凍結保存による妊娠の可能性の温存が1つの選択肢となる。こうした選択肢があることを知ってもらい、妊孕性温存のための療法を実施するかを決めてもらうためにも、がんの告知は重要である。男性の場合は、FSH(卵胞刺激ホルモン)が高値であっても、テストステロンが正常であれば見た目の男らしさは保たれるため、思春期以降になっても不妊に気づかず過ごすこともあるので注意しなければならない」と菅野先生は指摘する。
またCCSで最も多い死因はがんの再発によるものだが、二番目は心疾患であるため、心疾患を検知することも必要だ。「最も大きなリスク要因はアントラサイクリン系抗がん剤であり、用量(総投与量)依存性に心臓機能障害を引き起こす。しかし、総投与量を確認し、心疾患リスクの高い患者さんは早期に循環器専門医に繋げることで、将来の発症リスクをコントロールすることができる。アントラサイクリン系抗がん剤の総投与量が少ない場合でも、高血糖や高血圧、高脂血症などがあると心疾患リスクが高まるため、今は心臓が悪くなくても日々の血糖コントロールなどが寿命に関わる。『手引き』には具体的な対処が記載されているので、日常診療に活かしてもらいたい」(菅野先生)
CCSは自分の病気を自分ごとに捉えることが重要、と話される菅野先生からは、がんの告知から病棟でのコミュニケーション、将来のQOLまで、患者さんへのきめ細やかな診療をされる様子が伺えた。
菅野潤子先生
(かんの じゅんこ)
東北大学大学院 医学系研究科 発生発達医学講座 小児病態学分野 講師
1993年、岩手医科大学卒業。国立仙台病院小児科、東北大学附属病院小児科などを経て、2015年より現職。日本内分泌学会評議員、日本小児内分泌学会評議員、日本小児内分泌学会CCS委員、日本小児内分泌学会 小児内分泌疾患検討委員会・性分化・副腎疾患委員など。
参考文献
- 国立がん研究センター がん対策情報センター がん統計・総合解析研究部 「小児・AYA世代のがん罹患」 6 2018
release_20180530_02.pdf (ncc.go.jp) - 日本小児内分泌学会 CCS委員会 「小児がん経験者(CCS)のための内分泌フォローアップガイド」 2016
http://jspe.umin.jp/medical/files/guide161006.pdf - 日本小児内分泌学会 「小児がん内分泌診療の手引き」(診断と治療社) 2021
- 日本小児科学会 「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人移行支援を推進するための提言」 6 2023
http://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20230130_iko_teigen.pdf - 厚生労働化学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業(難治性疾患政策研究事業) 小児期発症慢性疾患を持つ移行期患者が疾患の個別性を超えて成人診療へ移行するための診療体制の整備に向けた調査研究班 「成人移行支援コアガイド(ver1.1)」 5,13 2020
https://transition-support.jp/download/show/11/成人移行支援コアガイド(ver1.1).pdf - 日本小児科学会 「小児期発症慢性疾患を有する患者の成人移行支援を推進するための提言」ホームページ
https://www.jpeds.or.jp/modules/guidelines/index.php?content_id=144
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