成長障害疾患分野成長ホルモン分泌不全性低身長症の病態とその診断
滋賀県立小児保健医療センター 内分泌代謝糖尿病科
滋賀医科大学小児科学講座 松井克之先生
SGA(Small for Gestational Age)性低身長症や先天異常、慢性疾患など、低身長の原因は多様だが、そのほとんどは家族性を含む特発性といわれる。低身長の原因を鑑別し、適切な治療に結びつけるため、一般小児科医が日常診療で行うべきポイントとして「最も重要なのが成長曲線の確認だ」と、内分泌関連の腺組織について幅広い研究を行う滋賀県立小児保健医療センターの松井克之先生は強調する。低身長の鑑別の勘所や、成長ホルモン分泌不全性低身長症(GHD)診断のための成長ホルモン分泌刺激試験(GHST)の考え方や治療継続の判断などについて、松井先生に伺った。
多様な低身長の原因を適切に診断する
低身長の明確な定義はないが、年齢ごとの身長を示す成長曲線の-2SD以下、または3パーセンタイル以下で、検査が必要とされる低身長は-2.5SD以下とされることが多い1)。GHDで成長ホルモン(GH)治療の助成対象の「小児慢性特定疾病における成長ホルモン治療の認定」を受ける際の基準は-2.5SD以下である。
低身長の原因は、下垂体の器質変化や機能不全によるもの、ターナー症候群などの染色体異常、子宮内発育不全(SGA性低身長症)、骨や軟骨の異常、慢性疾患など様々だ。「一方、低身長の原因の9割を占めるともいわれるのが特発性低身長である。しかし、中には他の疾患が隠れていることも少なくない。実臨床では、低身長と成長率低下という主訴が診断の入り口になるが、背景となる疾患を見逃さず、適切な治療に結びつけることが重要だ」と松井先生は説明する。例えば、四肢や体幹のバランス異常があれば骨系統の疾患、特異顔貌や発達遅滞などがあれば染色体異常、低出生体重があればSGA性低身長症が疑われる。
骨格バランスや特異顔貌などは、小児科医であれば日常診療の中で比較的きづきやすいが、このほかに鑑別すべきものの一つに染色体異常がある。中でも重要なのは出生女児の約1,000~2,500人に1人と発生頻度が高いターナー症候群だ。通常のターナー症候群では翼状頸などの身体的な特徴が見られるが、正常細胞と染色体異常を持つ細胞が混在するモザイク型の場合、外観での鑑別が難しいケースもある。
「滋賀県立小児保健医療センターでは、家族の身長も踏まえて明らかな低身長が見られる女児の場合や、FSH(卵胞刺激ホルモン)が高値でターナー症候群の鑑別が必要になる女児の場合には、基本的には全例に染色体検査を実施している。これは、低身長におけるターナー症候群の割合が比較的高いこと、早期診断と早期GH治療開始による身長予後改善が期待できること、適切な時期に思春期発来を促す治療を実施できること、様々な合併症への対応が図れることなど、検査の意義が大きく、その後の患者の治療選択肢が増える利点があるからだ。治療効果の観点からは、5〜6歳までに検査することが望ましく、遅くとも思春期前までに実施したい。ただし、まれではあるが、検査の結果、他の染色体異常が見つかる場合もあるため、検査にあたっては家族とも十分に話し合い、問題があった場合にも対応できるようバックアップ体制を整えておくことも大切だ」と松井先生は注意を促す。
かかりつけ医である一般小児科医こそ
「成長曲線」で成長率の確認を
松井先生は、「低身長の診断で最も重要なのが『成長率の確認』だ。成長率の異変に最初にきづけるのは、かかりつけ医である一般小児科医だといえる。是非とも日常診療の中で成長曲線を描き、成長率を確認することをルーティンにしてほしい」と強調する。なお「間脳下垂体機能障害の診断と治療の手引き (平成 30 年度改訂)」では、2年以上にわたり成長速度が標準値の-1.5SD以下である場合を成長率低下としている。
「成長率低下があるということは、内分泌や他の疾患に限らず、食事や運動、家庭環境など、何らかのトラブルがある可能性が高い。例えば保護者は食べさせているつもりでいても実際に食べている量が足りないケースや、家庭環境の悪化によるストレスで成長率が低下するケースもある。成長曲線を描けば食事量や家庭環境といった子どもの健康の礎となる情報の確認にもつなげられる。また、患者(保護者)は自分が気になる症状しか伝えない傾向がある。低身長が主訴の患者の中には、下痢が続いている・疲れやすいなどの症状があっても気にしておらず、クローン病や潰瘍性大腸炎、腎不全、1型糖尿病といった慢性疾患が隠れているケースもある。かかりつけ医はそういったケースも踏まえて丁寧に問診していただきたい」(松井先生)。
成長曲線を描くことは重篤な疾患の早期発見にも寄与する。「下垂体腫瘍で視野狭窄があり、ほとんど視力がなくなってから受診された患者がいたが、成長曲線を見ると明らかに2〜3年前から成長率が低下していた。かかりつけ医が成長率を確認していれば、症状が悪化する前に低身長の背景にある疾患に気づけた可能性もある」と松井先生は指摘する。
思春期発来の評価にも成長曲線が有効だ。思春期は成長曲線が大きく変化する時期で、思春期に何らかの問題があれば身長SDスコアに変化がでる。「思春期のタイミングで成長率低下が見られる場合には、テストステロンやエストロゲン、LH(黄体形成ホルモン)、FSHなどのホルモン値を確認し、一定量分泌されている場合も半年後に再評価を行っている。思春期の遅れはそれ自体が子どもの心理的な負担にもなるため、男児で14〜15歳、女児で12〜13歳で思春期の兆候が見られない、成長曲線から大きく離れるといったことがあれば、専門医に紹介してもらいたい」(松井先生)。
松井先生は成長曲線が専門医における診療にも役立つと次のように語る。「成長曲線があれば、それだけで必要な検査を絞れるため、成長曲線を描くことは複数の検査を行うことに匹敵する。滋賀県立小児保健医療センターでは初診時に必ず成長記録を持ってきてほしいとお願いしている。今では成長曲線を作成・記録できるアプリもあるため、そのようなアプリの活用を親御さんに勧めることも有効と考える」。
GHSTではいかに検査前確率を上げるかが重要
成長率低下があり、その他の症状が見られない場合にはGHDを疑うが、その際どのように鑑別を進めるのか。松井先生は次のように語る。「当院ではまずIGF-1検査を行っている。GHは日内変動が大きいのに対し、IGF-1は安定しているためだ。食事量によっても影響を受けるため、後日再検査をすることもある。IGF-1が低値であれば、基本的にはその後成長ホルモン分泌刺激試験(GHST)を行う」。
診断の中でも難しいのがGHST結果の評価だという。GHSTは人工的な検査のため反応には個人差があり、やみくもに検査を行なっても、結果に惑わされることになるためだ。GHSTについて松井先生はこう語る。「GHSTの感度や特異度は、どの検査も8割程度といわれる。つまり、本来GHDでない100人のうち20人は、分泌能があるにもかかわらずGH低値の結果が出る(偽性低反応)ということだ。検査を2回行なっても25人に1人は偽性低反応になる。検査回数を増やせばいいかといえば、体への負担も考えると回数は最小限にすべきで、通常は2回以上実施する必要はない。成長曲線から読み取れる成長率低下、骨年齢、IGF-1値などの要素を鑑みて、検査前確率を上げることが重要だ」。
GHDの診断がつきGH治療を開始した後も、継続的に治療効果を評価することが欠かせない。成長曲線を描いて治療効果を確認しながら、問題がなければ成人身長に達するまで治療を継続する(下垂体の器質変化や機能不全のケースでは成人身長達成後もGH治療継続が必要)。
患者・保護者に安心・
納得いただけるような診療を
これまで紹介したように、低身長治療において重要なポイントは様々あるが、「いかに患者や保護者に安心感・納得感を与えられるかもその一つだ。」と松井先生は語る。「治療基準を満たしてGH治療を行える子もいれば、基準に至らず保険適応のGH治療ができない子もいる。また、低身長の大半は特発性のため治療の必要がないが、保護者は治療がないことをむしろ残念に思う傾向がある。しかし、低身長だとしても『治療が必要な病気ではなく元気でよかった』と安心して帰ってもらいたい。そのためには、診療の際に十分に時間をとって患者・保護者に説明を行うことが最も大切と考えている」と考える。(松井先生)
松井克之先生
(まつい かつゆき)
滋賀県立小児保健医療センター 内分泌代謝糖尿病科/滋賀医科大学小児科学講座
2022年滋賀医科大学小児学講座講師を経て現職
日本内分泌学会評議員
日本糖尿病学会評議員
日本小児内分泌学会評議員
日本小児思春期糖尿病学会評議員
参考文献
- 日本小児内分泌学会 小児内分泌学(改訂第3版) 187 診断と治療社 2022年
- Karlberg J, Acta Paediatr Scand Suppl, 350:70-94, 1989 (PMID: 2801108)
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