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成長障害疾患分野「DOHaD学説」からみたSGA性低身長症と将来の疾病リスク

昭和大学江東豊洲病院 小児内科 
准教授 中野有也先生

「胎生期・発達期」の環境要因が成人期や老年期の健康や生活習慣病などの疾病に大きく関わるとするDOHaD学説。昭和大学ではSGA外来を設置して長期に渡る患者のフォローも含めてこの学説の検証・研究を進めている。昭和大学の「DOHaD班」で研究を進める昭和大学江東豊洲病院准教授の中野有也先生に、DOHaD学説について解説していただくとともに、早産・低出生体重児の疾病リスクとその対策、SGA外来の実際などについてお話を伺った。

DOHaD研究で将来の疾病予防

「将来の健康や特定の病気へのかかりやすさは、胎児期や生後早期の環境の影響を受けて決定される」というDOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)学説が注目されている。これは、1980年代後半、「低出生体重児は成人期に糖尿病や高血圧、脂質異常症などの生活習慣病や、冠動脈疾患、肝臓病、がんなどの発症リスクが高い」との多くの疫学調査の報告がされ、英国のBarkerらが「胎児期に様々なストレスが加わることでその後の疾患発症がプログラミングされる」とする「胎児プログラミング仮説(Barker仮説)」を提唱したことに端を発する。「胎児プログラミング仮説」では、子宮内で低栄養に曝された胎児は出生体重が減少するだけでなく、その環境に適合するために体質が倹約型体質に変化。その結果、出生後に改善した栄養環境がその子にとっては過栄養の状態になるために疾病の発症リスクが高まる、としている。

一方、胎児プログラミング仮説では、(1)低出生体重ではない子どもの体質変化、(2)生活習慣病以外の疾病リスク、(3)世代を超えて伝搬する可能性がある疾病のリスク、(4)栄養環境以外で生じる体質変化――などを説明できないことから、新たに提唱されたのがDOHaD仮説だ。この仮説では、「胎児期や生後早期の発達過程における様々な環境により、その後の環境を予測した適応反応(predictive adaptive response)が起こり、その適合の程度が将来の疾病リスクに関わる」とされた。

現在では、適応反応が起こるメカニズムも解明されつつあり、その一つが遺伝子の発現部位を調節するエピゲノム変化だ。エピゲノム変化は栄養、ストレス、薬など様々な後天的な要因で起こる遺伝子の化学修飾で、世代を超えて遺伝する。「今やDOHaD仮説は『DOHaD学説』として認知されている。DOHaD研究が進めば、胎児期や生後早期の食育や生育環境への介入による将来の疾病リスクの低減や、各人の遺伝的背景に基づく早期介入を行う先制医療へと可能性が広がる。そうしたことから、昭和大学では胎児期・生後早期からの疾病予防を目指し、昭和大学DOHaD班を立ち上げるとともに、SGA外来も開設している」と中野先生は説明する。

ネフロン、脂肪細胞、神経細胞など、
数や密度の低下が疾病リスクに関与

では、SGA性低身長を含む、早産・低出生体重児の将来の疾病リスクについて、現在はどのように考えられているのか。

中野先生は、「まず考慮すべき重要な疾病リスクとして高血圧と慢性腎臓病(CKD)」があるという。在胎期間や出生体重が将来のネフロン数と正の相関を示すことが分かっており、その結果、1個あたりのネフロンで過濾過状態になることから糸球体の硬化が進み、腎機能の低下を引き起こす、と考えられている。また、動物実験では、妊娠母体の低栄養が胎児の膵低形成や膵β細胞数の減少に関係し、それがインスリン分泌能の低下、将来の耐糖能につながるとされる。
「最近話題になっているのは脳の神経細胞の発達への影響だ。早産・低出生体重児のうつ病や統合失調症、ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder)などの発達障害といった精神・神経疾患と関係する可能性が指摘されている」と中野先生は言う。
さらに内科的な疾患としては「心臓の拡張能の低さも指摘されており、これは心筋細胞数と関係しているかもしれない。さらに、早産低出生体重児では非アトピー性の喘息の発症のリスクも高い」(中野先生)。肺胞は本来、出生後に完成する。早産・低出生体重児では未熟な肺の状態で出生するが、出生後に人工呼吸器による圧損傷や微生物に曝露されることで、肺組織に構造的異常が生じ、それが生涯続くものと考えられている。
「胎児期や生後早期の環境因子は、このほかにも血管因子が関連する動脈硬化疾患や、妊孕性、がんにも影響することが報告されている」と考えられる疾患リスクについて中野先生は言及する。

出典:中野先生作図
出典:中野先生作図

こうした将来の疾病リスクの中でも中野先生が注目し研究を行っているのが早産・低出生体重児の脂肪細胞だ。
「脂肪細胞は主に妊娠後期に増加するが、この時増加するのは小型の脂肪細胞である。一方、この時期に低栄養に曝された早産・低出生体重児は脂肪細胞の数が相対的に少なくなる可能性がある。脂肪組織は過剰なエネルギーを中性脂肪として細胞内に取り込むエネルギー貯蔵庫としての役割をもつ。脂肪細胞の数が少ないと、脂肪組織全体としてのエネルギー貯蔵庫としての能力が低下する。そのため、脂肪細胞が少ない個体では、早期に脂肪細胞が肥大し、内臓脂肪蓄積も生じやすいと考えられ、それがインスリン抵抗性や脂質異常症のリスク増大に関与するかもしれない。低出生体重児は小柄で筋肉量が少ないために見かけは肥満を伴わないことも多く、それにもかかわらず将来の生活習慣病リスクが高いのは、このようなメカニズムが考えられる」と中野先生は説明する。

出典:中野先生作図
出典:中野先生作図

早産・低出生体重児は長期的な
フォローアップが必要

こうしたことを踏まえ、現在できる対策は、定期的な検査と長期的なフォローアップだという。「一番の対策は予防。多くは思春期の頃から様々な疾患の前兆が見られる。特に1000グラム未満の超低出生体重児では注意が必要だ。例えばCKDについては、若年成人期の評価で極低出生体重児の10%に蛋白尿が認められたという報告もある。低出生体重児におけるCKDが顕在化しやすいのは思春期以降であり、学童期から定期的な検査で早期に蛋白尿や腎機能低下を発見できれば、NSAIDsなどの腎機能に影響を与える薬剤を控えたり、成長期以降の過度な食事をやめ肥満を予防することで腎機能低下を回避したり、CKD発症後は投薬により将来の透析導入などを遅らせることができる。そのために、「一般の小児科医にもぜひ診察の際に留意してほしい」と中野先生が助言するのが以下の2点、
(1)在胎期間、出生体重などの周産期歴を記録する
(2)低出生体重児、早産児、発育不全児、特に極低出生体重児では定期的に高血圧、過度な体重増加(体脂肪率、腹囲身長比など)、蛋白尿、HOMA-IR(Homeostatic Model Assessment for Insulin Resistance)などをモニタリングする
である。周産期歴などで早産・低出生児体重児であることがわかっていれば、通常診療の際の血液検査の数値から、より早期に腎機能低下などに気づける可能性が高まるからだ。

母体への介入も大切だ。「日本では、女性のやせ志向などによる栄養摂取量不足による“やせ”の問題があり、出生体重が減少してきた。2018年にはScience誌でも長期的な健康障害リスクとなることが指摘された。妊婦には標準体重の範囲で食事をバランス良く量もしっかりとることを指導したい。」(中野先生)。

SGA外来では長期のデータ収集も可能に

昭和大学病院では、こうした長期的なフォローアップの必要性などから、2008年にSGA (Small for Gestational Age)性低身長へのGH治療が認可されたタイミングで「SGA外来」を開設した。昭和大学病院には15床のNICU(新生児集中治療室)と17床のGCU(新生児発育支援室)を持つ国内有数の総合周産期母子医療センターを持ち、小児科では早産児に対する栄養管理や、母乳栄養などの新生児栄養に関する先進的な研究を行なってきたことなどから、発達のフォローが必要な患者がいたことが背景にある。現在この外来では、SGA性低身長症だけでなく、低出生体重児全般を診療しており、NICUからの患児にはGHD(Growth Hormone Deficiency)も含まれる。年間の延べ患者数は約150人に上るという。

「SGA外来の最大のメリットは、周産期からのフォローアップの体制をしっかり取れること。例えば、極低出生体重児のフォローアップのガイドラインでは少なくとも9歳までの継続診療が設定されているが、それ以降のフォローアップについての推奨はなく、全国的には実際9歳までフォローされていないケースも少なくない。9歳以降はなおさらで、特にハイリスク児を長期にフォローする際には、産婦人科(周産期)領域から引き続いて、小児科、内科へとトランジションしていく必要があるが、そのような長期的なフォロー体制を整備するのは容易ではないという事情もある。一方、SGA外来では専門外来という形で何をするかを明確にしており、他院出生の児や悩みを持つ親御さんが相談しやすい環境つくりを心がけている。子どもの成長に不安を持つ親からの相談を受けた一般の小児科医からの紹介も受けやすい。SGA性低身長症を含む早産・低出生体重児では、早ければ就学前頃から将来の疾病リスクに関わる検査値の異常などが見られることがある。そうした場合には、各専門分野の医師とも連携をとることで全人的な対応が可能になる。早産・低出生体重児における総合診療科的な位置付けで、ゲートウエイの役割を果たしていければと考えている」(中野先生)。SGA外来では、フォローのため20歳の患者も受診するケースがあるという。

さらに、「SGA外来設置により、長期にわたる研究データの収集が可能になるのも利点だ。大学病院では医師の移動が激しく同じ医師がフォローするのは難しいが、SGA外来でデータを蓄積し、継続的に追えるのは大きなメリットになる。特にDOHaD学説の検証には長期間の研究計画が必要だ」と中野先生は研究上の必要性も説く。

GH治療開始後、順調に成長しているか否かを
どう評価すべきか

昭和大学病院のSGA外来でのフォローアップの実際は次の通り。「低出生体重児では1歳まで、極低出生体重児や早産SGA児では2歳までにcatch-up growthがみられることが多い。catch-up growthの傾向が乏しい場合には、3歳までは栄養状態を評価するとともに、その他の原因検索を実施するなど、随時コンサルテーションを行う。また、3歳までにcatch-up growthが認められない場合にはGH治療開始の適応の有無を評価する。GH治療開始後は、成長のみならず体組成や代謝合併症のリスクなどを合わせて評価している」と中野先生。
その際中野先生が重きを置くのはcatch-up growthの質だという。「倹約型体質の早産・低出生体重児においては、急速なcatch -up growthは将来の生活習慣病リスク増大につながる可能性があり、倹約型体質の程度が高いほどそのリスクも高いと推測される。低出生体重児のcatch-up growthでは、体脂肪量を増やさず、筋肉量を増やすのが理想的。一般にcatch-upは頭囲、体重、身長の順で起こることが多いので、成長曲線を見ながらそれらのバランスを評価する。BMIや体脂肪率を含めて総合的に、catch-upの質を評価することが重要と考える。特に倹約型体質の傾向の強い児では身長のcatch-upが起こりにくく、同時に体重も増えにくい場合がある。このような場合に無理に食事摂取を誘導することは、身長のcatch-upにつながらないばかりか、将来の代謝合併症のリスクを増大させる可能性があり、むしろ3歳以降にGH治療をすることを検討する方が実際的かもしれない」と中野先生は解説する。
GH治療の導入期には1〜2カ月に1回診察し、副作用などの確認も行う。半年〜1年で維持期に入った後は、安定すれば3カ月ごとのフォローとしている。「GH治療中は、特に思春期の体重変化などに注意が必要であり、GH治療後も最低年1~2回は検査を行うべきだろう」と中野先生は注意を促す。

一般小児科医が気を付けるべきこと、
できること

最後に、一般小児科医が気を付けるべきこと、できることについて聞いた。
「まずは、出生体重や周産期の病歴を聞くようにしてほしい」と中野先生は言う。低出生体重児が増加する中、一般小児科でもいまや出生体重2500グラムの子は当たり前で、出生体重1000-1500グラムの子を診る機会も多いと推定されるが、「先生側から出生体重を気に掛けるようにして欲しい」と中野先生。何グラムで生まれたかを知ることで診察・治療の考え方が変わるという。
また、子育てに関しては社会全体で分担/サポートし、親御さんの負担を軽減できる形であるべきだろうと言う。「小児科医が、子育てする親御さんをサポートするリーダーであり、良き相談者のような存在になれると良い。お子さんが小さく生まれたことで親御さんが悩まれているのであれば、ぜひ積極的にサポート頂きたい」。中野先生は一般小児科の役割についてこう語った。

昭和大学 中野 有也先生

中野有也先生

中野有也先生

(なかの ゆうや)

2003年、昭和大学医学部卒業、同年、昭和大学病院小児科員外助教。2004年、町田市民病院小児科。2005年、昭和大学横浜市北部病院こどもセンター。
2007年、千葉県こども病院 新生児未熟児科、2009年、昭和大学病院小児科 新生児集中治療室、2010年、昭和大学病院小児科 新生児集中治療室を経て現職。

参考文献

  1. Barker DJ, et al. Lancet. 2(8663):577-80. 1989. (PMID: 2570282)
  2. Godfrey KM, et al. Am J Clin Nutr. 71(5 Suppl):1344S-52S, 2000. (PMID: 10799412)
  3. Lucas A, Ciba Found Symp, 156:38-50; discussion 50-5. 1991. (PMID: 1855415)
  4. 板橋家頭夫 極低出生体重児の超長期予後-フォローアップ施設を中心とした後ろ向き研究- 厚生労働科学研究委託費 委託業務成果報告 2015
  5. Normile D. Science. 3; 361:440, 2018. (PMID: 30072522)

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