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内分泌分野成長ホルモン治療のDXが患者の自己管理にもたらす変革と治療アドヒアランス向上

日本大学医学部小児科学系小児科学分野臨床教授
浦上小児内分泌・糖尿病クリニック院長 浦上 達彦先生

聞き手:ステラ・メディックス 星良孝

情報技術(IT)が人々の生活のさまざまな側面に浸透することでもたらされるイノベーションが「デジタルトランスフォーメーション(DX)」として注目されている。DXの動きは医療分野でも広がりを見せている。小児内分泌領域においては小児の糖尿病および成長ホルモンにおける治療・管理がDXの適用により変化しつつある。関連の臨床研究に長年取り組んできた日本大学小児科診療教授の浦上達彦先生に医療分野のDXの現状、そして臨床現場に今後もたらされ得る価値について聞いた。

浦上達彦先生
浦上達彦先生
(撮影:川島 彩水、以下同)

「小児慢性疾患の治療のゴールは“自立”です。医療者主体の治療から、患者主体の治療が求められています。慢性疾患の患者は長期にわたり病気と付き合うものですから、いつまでも他人任せというわけにはいきません。患者自身が考え、治療の自己管理ができるようになる必要があります。そうすることで治療アドヒアランスを高めて、より効果的な治療も期待できます。治療の自己管理をサポートするデバイスがあれば望ましいことです」

浦上先生は力を込めて、こう語る。小児の慢性疾患の治療のゴールは自立を促すことであり、その実現のためにも医療のDXが貢献できる部分は大きいとみている。
DXとは情報技術が人々の生活のさまざまな側面に浸透することでもたらされる変革を意味する。例えば、情報通信技術(ICT)を用いて、患者と医師および家族が互いに直接対面しなくてもビデオ画像を通して簡単に連絡を取り合えるようになる。また、データ活用によって日々の身体活動や栄養状態などの情報が容易に共有される──といったケースは既に現実のものになっている。そして現在は画像処理技術、通信技術のさらなる進化から個人の健康状態、治療・管理に影響する情報をリアルタイムで把握することも可能になっており、かつてないほどの治療・管理の進化が期待されている。医療の分野においてDXが進展することで「万人に向けた画一的な医療提供」から「個人に合わせたパーソナル医療」が現実のものとなるパラダイムシフトが進行している。

こうしたDXが進展する背景にはインターネットおよびスマートフォンをはじめとしたモバイルデバイスの普及がある。2021年に発表された総務省の「令和2年通信利用動向調査」によれば日本国内のモバイルデバイスの世帯保有率は2020年に96.8%に達した。スマートフォンの世帯保有率は86.8%になり9割に迫る。これに伴ってコミュニケーションの促進やデータ活用がかつてないほど加速することになった。
新型コロナウイルス感染症のまん延を機に、医療のDXの推進は不可欠な状況になっている。

「治療の自己管理」を助けるDX

小児内分泌領域で医療のDXを牽引する役割を果たしてきたテクノロジーの一つが、糖尿病の「持続血糖モニター(CGM)」である。CGMはコイン大のデバイスで、腹部に貼付して血糖値の変動を持続的に観察することができる。初期のCGMは国内では2010年に保険適用となったが、これは血糖値がデバイスに記録され、患者は過去の血糖値の変動を確認することができた。2018年からはリアルタイム持続血糖モニター(rtCGM)が保険適用となり、患者の遠隔モニタリングの手段としても活用できるようになった。つまり患者自身が自分の血糖値の変動を簡単に把握できるだけではなく、インターネットを通して家族や医療関係者ともデータの共有ができるようになった。これによって高血糖や低血糖のような緊急時にはデバイスからアラートがショートメッセージにより発信されて、患者自身および医療関係者が迅速に対応することが可能になった。
こうしたDXを実現するデバイスの特徴は冒頭で浦上先生が述べたように患者の自己管理を可能としている点にある。浦上先生は、「患者は24時間の中で適正な血糖値に収まっている時間帯、低血糖や高血糖の頻度がどれくらいかを確認できるようになりました。患者はデータに基づいて自分で考え、血糖値に合わせてインスリン量を変えられます。医師により後方視的に指導されるのではなく、患者が教えられた方法でリアルタイムに対応できるのです」と説明する。治療の自己管理は、小児の糖尿病であれば、小児期から保護者に頼ることなく小児自らが自分自身のために治療管理を行えるようにすることを意味する。浦上先生は1988年にイスラエルベイリンソンメディカルセンター糖尿病・内分泌研究所に政府留学したが、「当時から海外のどこの国でも治療の自己管理は重要な課題として認識されていました。小児の慢性疾患では、子どもがインスリンの自己注射を行うときに保護者が注射するのではなく、自分自身で注射できるようになるべきと考えられていたのです」(浦上先生)。
浦上先生は現在も、治療の初期段階には時間をかけて患者が自己管理できるように患者指導に力を入れてきた。「慢性疾患の治療においては、本人にお話しして納得してもらうよう治療アドヒアランスを上げていくことが欠かせません」(浦上先生)。しかし長期にわたる治療は治療そのものへの恐怖感や嫌悪感、または精神的な負担が伴うもので、継続が容易ではないことも多い。そうした障害を乗り越える手段として治療の成果を可視化するなどして患者の物理的、心理的な負担を軽減してくれる医療のDXは存在感を高めている。

浦上達彦先生

世界初の電動式医薬品注入器が恐怖心を軽減

成長ホルモン(GH)治療において治療の自己管理を助けるデバイスとして国内で活用が広がっているのがJCRファーマのGH製剤グロウジェクト®専用の電動式医薬品注入器グロウジェクター®シリーズである。
低身長児に対するGH治療においても治療アドヒアランスの維持は重要になる。適切に注射できるか否かは身長の予後を左右する。年少児の場合には注射に対する恐怖心を抱くことは珍しくなく、注射を実施するのが本人であっても保護者であっても精神的な負担を強いられる場合はある。こうした背景から治療アドヒアランスが低迷して将来のQOLを低下させる懸念もある。治療は長期にわたるが直ちに治療効果が現れるわけではなく、治療アドヒアランスを保つモチベーションも高まりづらいことが問題になる。
JCRファーマの電動式医薬品注入器グロウジェクター®は、世界初の電動式成長ホルモン製剤注入器として2006年に発売された。針先が見えないところが特徴で、恐怖心に配慮した形状に作られている。さらに「自動刺針・自動注入・自動抜針」を実現し、自分で針を刺す心理的な負担を軽くしている。また、実際に注射した実績とともに投与量や投与日までデバイスに正確に記録できる。
浦上先生は「成長ホルモン治療において子どもたちの一番の心配は注射すると痛いということ。針を細くするなど知覚的な痛みの軽減は大きなポイントであるが、グロウジェクター®は針が見えない構造になっており、心理的に痛みを緩和する可能性がある。グロウジェクター®では体重に合わせた投与量が自動的に調整されるようになっており、患者さんが注射の度に投与量設定をする手間が省かれている」と評価する。
さらに、2012年には第2世代電動式自動注入器であるグロウジェクター®2が発売された。その特徴は凍結乾燥された薬剤の自動溶解機能を備えることで投薬の準備を簡便にしたほか、左右対称のデザインにして右利きでも左利きでも対応可能としたユニバーサルデザイン思想を取り入れたことである。さらに大型カラー液晶画面にして、キャラクターやメロディの機能も搭載して注射に楽しさの要素をプラスした。
浦上先生はグロウジェクター®2の使用感に関する調査研究の論文を2016年に発表している。この研究では、2014年2月から2015年8月にかけて、手動式の注入器からグロウジェクター®2に切り替えた82人を対象として、変更前後に使用感についてのアンケートを実施し、注射時の痛みや恐怖心などがどう変化したかを調べた。注射時の痛みや恐怖心は10点満点で数値により評価してもらうビジュアル・アナログ・スケール(VAS)を使って回答してもらった。
対象者の年齢は10歳以上53人、10歳未満29人。基礎疾患は成長ホルモン分泌不全性低身長68人、ターナー症候群6人、SGA性低身長が8人。本人以外の注射実施者の調査票には子どもに注射を行うことに対する精神的負担について4段階で評価してもらった。
結果として、「注射に対する気持ち」は手動式では4.00だったのに対してグロウジェクター®2では2.48と VASのスコア低下が認められた。さらに、注射の痛みについても、「刺針時の痛み」は4.23から2.79に低下するなどVASのスコア低下が同様に確認された。
浦上先生は、「注射に対する恐怖の軽減は、グロウジェクター®2の針が見えない構造になっていること、注射時にメロディが流れたり注射後にキャラクターが育ったりする機能が注射を受ける子どもの精神的負担の軽減につながったと思います。大型カラー液晶画面にイラスト入りの操作説明が出ることで、注射の準備から注射までのプロセスがより簡便に理解できるようになりました」と評価した。患者にとっては治療の自己管理を行う上でこうした治療への物理的、心理的な負担が軽減されることは重要な変化だろう。

浦上達彦先生

24週間の注射実施率は96.4%

さらに、2017年に第3世代グロウジェクター®Lが発売された。グロウジェクター®LにはNFC(Near Field Communication:近距離無線通信)が搭載され、これによって注入器本体の投与ログデータ等を外部出力することが可能となった。これによってスマートフォンとの間で無線通信によるデータの共有が可能になり、投与履歴の管理もできるようになった。こうした背景から、並行して注入器と連動するわが国初のスマートフォン用のGH治療サポートアプリ「めろん日記®」の開発が2014年から進められた。
めろん日記®では、注射時間を通知するリマインダー機能のような治療サポート機能に加え、治療に取り組む本人が使える遊びの要素を備えたのが大きな特徴である。アプリ内キャラクターのめろんが患者と共に成長するほか、自分自身の分身となるアバターの設定も可能である。注射の継続でポイントが得られて、アバターの着せ替えアイテムとポイントを交換できるようになっている。アバターは広場で情報共有できる。こうしたお楽しみ機能によって治療継続をサポートするものになっている。これらも患者の物理的、心理的負担を軽減するための工夫を凝らしたものである。
グロウジェクター®LはNFC通信によってスマートフォンと通信できる機能も実装された。これによって「めろん日記®」では、グロウジェクター®Lに自動保存されたGH製剤の投与履歴についての情報が反映される。投与時間や投与量などの詳細な情報を確認でき、投薬アドヒアランスが確実に把握できる。アプリに入力した身長や体重のデータから成長曲線を作成し、治療情報や成長記録がいつでもチェックできる。治療継続の動機づけになると考えられる。グロウジェクター®Lおよび、めろん日記®を使うことで注射の記録と確認が簡単にできるようになり、患者にとっての利便性につながった。手書きで注射の記録を付けていたのを自動的にサポートして、心理的な負担を緩和することにつながっている。
医療DXの臨床研究に長年にわたり取り組んできた浦上先生は当初からめろん日記®の開発に参加した。その中では子どもの目線からのアプリの使いやすさに配慮した改善提案を行ったという。その一つは言葉使いを工夫することだ。「子どもは『ら』行や『パ』行は発音が難しいなど、開発では子ども目線で多くの意見を出しました。そうした議論からキャラクターも緑のカラーで、『めろん』は言いやすく、また親しみやすいキャラクターの名前として、めろんという名前がいいんじゃないと提言しましたね」(浦上先生)
2019年からはめろん日記®が治療アドヒアランスの向上に寄与するかを確かめるための臨床研究が開始され、浦上先生はこの研究にも中心的に携わることになった。研究グループでは2019年1月から2020年5月までの間に日本の28の医療機関において、グロウジェクター®Lを用いて成長ホルモン治療を実施している3歳以上の57人を対象として、開発中だっためろん日記®の効果を検証した。対象としたのは成長ホルモン分泌不全性低身長31人、ターナー症候群4人、SGA性低身長22人で、身長SDSは-2.63だった。
研究参加者はアプリのインストールされた研究専用スマートフォンを貸与された。スマートフォンは治療開始後1週間の前観察期、24週間の観察期間終了後の通常来院時に回収され、観察期間の終了後にグロウジェクター®Lから抽出されたアドヒアランスデータと併せてアプリケーションのアクセスログが解析された。
さらに、治療開始前と研究終了時に、成長ホルモン治療やアプリに関するアンケートが行われた。アンケートは保護者に回答してもらい、注射するときの本人の恐怖感、注射実施者の精神的負担、成長ホルモン治療の継続に関する不安感をVASに基づいて回答してもらった。そしてアプリの印象や機能、使用感なども聞いた。
めろん日記®では、注射部位の記録、注射時間のお知らせ、成長の記録、スケジュールやメモ入力、情報提供リンク、患者自身のアバター設定、キャラクターのメッセージ、家族からのメッセージ、患者コミュニティー、注射継続によるアバター交換用ポイントの獲得が利用できるようにした。
主要評価項目は24週の観察期間中の注射実施率とし、めろん日記®を活用することで治療アドヒアランスが高く保たれるかが検討された。このほか副次的評価項目は登録時の患者情報、注射実施率の推移、同週内の3回の怠薬で定義されるアドヒアランス低下が観察されるまでの期間に寄与していた因子、アンケートの分析とした。
結果として観察期間中の注射実施率は96.4%となった。注射実施率の比較では5歳以上と6歳以上で差はなく、基礎疾患でも差はなかった。ただし、男児の方が女児よりも注射実施率が低く、注射実施時刻が遅いグループも低くなっていた。
注射実施率の推移は、17~18週で低下が見られたものの、観察期間を通じて累積注射実施率は高い水準を保った。アドヒアランス低下につながる因子は認められなかった。アンケートの結果からは、恐怖感や負担、不安が軽減したことが分かった。
よく使われていたアプリの機能は、注射の記録ばかりにとどまらず、アバター制作、注射継続ポイント獲得、成長曲線、キャラクターのメッセージと続いており、治療サポートの機能と並んで、お楽しみ機能も同じように使われていることが明らかだった。浦上先生はこうした結果からアプリが活発に使われていたと振り返り、「日々の注射サポートにつながるさらなるアプリ開発を進めてほしい」と期待を寄せる。

自分自身のライフスタイルに合った
治療を考える

医療のDXは治療を受ける患者の物理的、精神的な負担を軽くするばかりではなく、多くの患者データの収集にもつながる。だからこそ見えてくる新しい治療のアプローチを改めて個人に還元できることが魅力になる。
「慢性疾患治療では決まった治療パターンが存在し、それに患者が自分自身の生活を合わせなければならないという医療者主体の治療が昔から行われてきました。それに対して医療のDXを進めて治療のデータを目に見えるようにすることで、逆に自分自身のライフスタイルと照らし合わせて、自分に合った治療を自分自身で考える患者主体の治療が可能になってきます。グロウジェクター®Lとめろん日記®は患者主体の医療をサポートするデバイスとして価値があると考えられます」(浦上先生)
こうしたデバイスが浸透し医療のDXの動きが広がることにより、小児内分泌の分野にも文字通り変革がもたらされるのかもしれない。

浦上達彦先生

浦上達彦先生

(うらかみ たつひこ)

1982年日本大学医学部卒業。同小児科学教室入局。1988年イスラエルベイリンソンメディカルセンター糖尿病・内分泌研究所に政府留学。2010年日本大学小児科准教授を経て2015年日本大学小児科診療教授。2020年より小児科科長。2022年5月、東京都千代田区に浦上小児内分泌・糖尿病クリニックを開業。

参考文献

  1. 総務省:令和2 年通信利用動向調査の結果.2021/06/18 https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/statistics/data/210618_1.pdf(2022年3月18 日アクセス)
  2. Urakami T, et al. Clin Pediatr Endocrinol. 30(2): 85-92, 2021. (PMID: 33867668)
    本研究はJCRファーマ株式会社の支援により行われた。また、本論文の著者にはJCRファーマ株式会社より研究資金、講演料等を受領している者が含まれる。
  3. 浦上達彦. 成長ホルモン製剤専用注入器に関する調査 - 電動式自動注入器グロウジェクター®2の使用感に関する検討: 48(5), 783-788. 小児内科. 2016.
  4. 浦上達彦. 「めろん日記®」が示す成長ホルモン治療におけるデジタル医療の方向性: 54(1), 231-236. 小児内科. 2022.

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