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成長障害疾患分野「原因不明」のままにしない成長障害診療の進歩

長崎大学医歯薬学総合研究科(医学系)
准教授 伊達木 澄人先生

聞き手:ステラ・メディックス 星良孝

小児の低身長の多くは、明らかな原因が特定されない特発性低身長症として診療されている。しかし、遺伝子解析や病態解明の進歩から、特発性低身長症の一部には、SHOX異常症などの遺伝性疾患が含まれていることが明らかになっている。保険診療で可能な遺伝子解析が増えていることなど、臨床遺伝の分野を取り巻く環境も変化し、以前にも増して臨床現場で「遺伝子」に触れる機会が増えてきている。成長障害の病態解明をはじめとした研究を牽引している長崎大学小児科准教授の伊達木澄人先生に、現在、臨床現場で起きている変化を聞いた。

伊達木澄人先生
伊達木澄人先生
(撮影:田中好洋、以下同)

伊達木先生の参加する研究グループは、成長障害に関するさまざまな病因遺伝子や病態に関する論文報告をしている。先生は2000年代に長崎大学の大学院、国立成育医療研究センターで研究に従事し、米Johns Hopkins University 留学を経て、2013年に再び長崎大学に戻り、現職に就いた。
長崎大学は臨床遺伝の分野では国内でも中心的な役割を果たしてきた。その中でも人類遺伝学教授だった新川詔夫先生は日本人類遺伝学会理事長も務め、国内の遺伝学に関わる後進を多数輩出されたことで知られる。国際的に認識されている難病の歌舞伎症候群のほか、多くの希少疾患の原因・病態の解明に貢献してきた。また、耳垢の乾性、湿性を決定する遺伝的な原因も特定している。
「2010年代、この長崎大学に戻ってからの研究のほとんどが臨床現場からのフィードバックが元になっています。実際に診た患者さんを対象に新規原因遺伝子や新たな病態などの新知見を報告してきました」と伊達木先生は話す。
例を挙げると、複合型下垂体機能低下症をきたす新しい症候性疾患や希少な骨系統疾患の新規原因遺伝子を特定した。
中にはAlazami症候群という疾患を国内で初めて発見した事例もある。
「Alazami症候群という病気は日本で知っている人はほとんどいないかもしれません。原因不明の低身長、発達遅滞、特異顔貌の患者さんで、両親を含めて網羅的な遺伝子解析を行った結果、同症候群の診断に至りました」と伊達木先生は振り返る。この研究報告をきっかけに疾患の理解が深まり、長崎県で2例目のAlazami症候群の診断につながった。「稀少疾患の遺伝子診断、臨床経験が、主治医の臨床診断能力の向上に役立つことを実感しました」(伊達木先生)

伊達木澄人先生

病態解明を後押しした3つの変化

原因不明とされた疾患の病態解明は近年進めやすくなっているが、そこに至る経緯には、2000年代以降に起きた2つの変化が関わっている。
第1の変化は2000年代に遺伝子解析の手法が増えたことである。
2000年代より前は1970年代からの遺伝子解析技術であるサンガー法と呼ばれる手法が主流であった。当時の手法では、複数の遺伝子の解析や網羅的な解析には長い時間と労力を要した。最近では次世代シークエンスの技術やコピー数解析の進歩により、状況が大きく変容している。
「大学院で研究に取り組んでいた頃は、ちょうど新しい遺伝子解析手法が出始めた時期でした。塩基配列に異常がなくても微小な欠失や重複を調べる遺伝子解析の検査手法であるMLPA法やアレイCGH法が登場して遺伝学的原因解明が進みました。塩基配列の解析でも次世代シーケンスが利用できるようになり、網羅的、効率的な遺伝子解析が可能となってきました」と伊達木先生は説明する。また、エピジェネティクスの理解やDNAメチル化解析技術の進歩によりインプリンティング疾患の病態解明や診断も可能となってきた。

第2の変化は、保険診療で行える遺伝子解析の対象疾患が増えたことである。伊達木先生は、「小児慢性特定疾患や指定難病を含む疾患を主な対象として、保険診療で行える遺伝子解析が増え、臨床現場における遺伝子診断のハードルは下がりました」と説明する。
この診断には丁寧な対応が不可欠である。「遺伝子解析の前後には、十分な遺伝学的な説明、カウンセリングが必要です。我々の地域では、疾患が疑われる患者さんがいた場合、遺伝カウンセリング可能な大学病院に紹介していただいて、しっかり説明をして理解を得た上で検査をする流れにしています」(伊達木先生)。

特発性低身長症の背景に
SHOX異常症などが存在する

特発性低身長症は一般的に原因が特定されない体質性や家族性の低身長のことをいうが、遺伝学的解析技術の進歩により、「特発性低身長症」と思われていた症例の中に特定の遺伝性疾患が特定される場合があることが分かってきた。
「一見、低身長以外の症状が乏しい特発性低身長症の患者さんでも、数世代にわたって低身長の方がおられるような家族歴がある場合や、ちょっとした特徴的な症状に気づいたときは、遺伝学的解析の対象となるケースがあります」(伊達木先生)
特発性低身長症に潜む代表的な遺伝性疾患の一つに、SHOX異常症が挙げられる。SHOX異常症はSHOX遺伝子を含む性染色体短腕末端の微小欠失が主な原因である。特発性低身長症患者のおよそ2~3%はSHOX異常症であると報告されている。
SHOX異常症の場合、思春期以降の女性であればレリーワイル症候群といわれる肘から先の腕の変形を特徴とする状態になることがある。一方、思春期前の小児や男性では骨の変形が目立たず、特発性低身長症と診断されていることが多い。
伊達木先生は「SHOX異常症の場合には家族に低身長がみられることがよくあります。両親の一人が低身長症で、かつ骨の変形がみられる場合は、小児であってもSHOX異常症を強く疑います。SHOX異常症の診断は、FISH検査のような保険でできる検査で可能な場合もあります。しかし小さな欠失や遺伝子内の異常はこの検査では診断ができず、特殊な検査を研究機関にお願いするしかありませんでした」と説明する。
折しも2021年10月にアレイCGH解析が保険診療で実施可能となった。これにより今までの染色体検査よりも高感度でゲノム上の欠失や重複を同定できる。50以上の微小欠失・重複症候群やインプリンティング疾患を疑う症例が検査対象となるが、SHOX異常症で認められるレリーワイル症候群もその一つである。検査に関しては施設基準があるが、 今後保険診療で診断可能なSHOX異常症の症例が増えることが予想される。
成長障害をきたす遺伝性疾患の診断の意義はどこにあるだろうか。背が低いことに対する感じ方は人それぞれである。健診などで指摘され受診に至ったケースでは病識がなく詳細な検査を望まないケースも珍しくない。
伊達木先生は、「低身長の患者さんに遺伝学的検査を勧める際、確定診断をつけることによって、治療選択肢が広がる場合や、合併症の予測や対応が可能になる場合は積極的に検査を勧めます。確定診断により適切な遺伝カウンセリングも可能になります。もちろん診断のメリットだけでなく遺伝情報が判明したときの家族への影響も提示したうえで最終的にはご家族・本人に判断してもらいます」と語る。
その上で「保険診療での検査を行ったうえで原因不明の症候性疾患の患者さんには、研究として網羅的な遺伝子解析を勧めることがあります。精査を行う過程では、本人・ご家族との信頼関係を構築することが重要だと考えています。」(伊達木先生)。

地域における診療連携の重要性

伊達木先生は「開業医の先生は第一線で患者さんを診療すると同時に、必要ならば専門的な検査に対応する医療機関に紹介する中継点の役割も果たします。どこに相談すればよいか明確になっていること、診断、治療につなげられる地域ごとのシステムづくりが、遺伝性疾患の診療においては大事になります」と話す。
「以前ならば遺伝子検査は研究レベルしか選択肢はありませんでしたが、保険診療で実施可能となると、検査の機会はぐっと増えてくると思われます。専門的な検査に対応する医療機関では、事前に患者さんに対してきちんとお話をして同意を得た上で検査を行い、結果の解釈や疾患に関する正しい情報、治療管理に向けたフォローアップを行う体制を整えることで、患者家族の健康管理に最大限に生かせると思います」(伊達木先生)
一方で、研究としての原因・病態解明も継続的に求められている。遺伝学的診断技術の進歩にかかわらず、依然として原因が分からない病気も多い。先天性下垂体機能低下症の原因・病態解明は、伊達木先生の最初の研究テーマであり、同大学の先輩である吉本雅昭先生、木下英一先生から引き継いだ研究テーマでもある。研究の歴史は長いが、現在も未解明の部分が多く継続を必要とする研究テーマである。
「下垂体は、前葉、後葉に分かれていて、そこから成長ホルモン、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、性腺刺激ホルモン、プロラクチン、抗利尿ホルモンなど様々なホルモンが作られ分泌されます。ひとことで先天性下垂体機能低下症といっても、障害されるホルモンのパターンや程度、発症時期は様々です。また原因は均一でなく、『ヘテロな集団』と推測されます。希少かつ様々な原因で起こっているので、原因遺伝子が同定しにくいのではないかと思います。そもそも遺伝学的ではない要因も発症にかかわっているかもしれません。多様な症状の患者さんを多く集め、そこから手がかりとなる多くの情報を探っていくことが原因究明のカギになります」(伊達木先生)
先生は最近では人工知能を用いて、顔貌の特徴を基に、遺伝性疾患の補助診断を行う研究にも取り組んでいる。顔の画像から特徴を抽出して、各遺伝性疾患で診られる特徴の情報と人工知能で照らし合わせ、診断することが可能かを検討している。
網羅的な遺伝子解析から、人工知能などの情報技術を使った解析も取り入れ、これまで「原因不明」と見なされた疾患の原因を突き止める研究は続く。
「臨床遺伝や遺伝カウンセリングの分野は、小児だけでなく、がんや周産期の領域など幅広い医療で欠かせないものになっています。患者さんやご家族の悩みや思いを傾聴し、正確な情報を提供しつつ寄り添いながら診療することを心がけています」と伊達木先生は締めくくった。

伊達木澄人先生

伊達木澄人先生

(だてき すみと)

長崎大学医歯薬学総合研究科(医学系)准教授
2000年、長崎大学医学部を卒業。2009年、国立成育医療研究センター研究所小児思春期発育研究部共同研究員。2010年、米Johns Hopkins University Division of Pediatric Endocrinology。2013年より長崎大学小児科助教。2017年より現職。

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