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「めろん日記®」 ─患者さんの日々の治療をサポートするアプリが生まれた理由 注入器とスマートフォンアプリを組み合わせて服薬アドヒアランスを高める

聞き手:ステラ・メディックス 星良孝

世界初*の成長ホルモン製剤専用電動式注入器として2006年に発売された「グロウジェクター®」は、その後改良を重ねて進化し、2017年には第3世代の「グロウジェクター®L」を発売するに至った。さらに、2020年10月には服薬アドヒアランスの向上を目指し開発された「グロウジェクター®L」専用のスマートフォンアプリケーションソフトウエア「めろん日記 ® 」がリリースされた。
この「めろん日記®」は「グロウジェクター®L」に保管された投与履歴をNFC(Near Field Communication:近距離無線通信)によってスマートフォンに送信することで、スマートフォンによる投与履歴の確認を可能にする。また、身長・体重の成長曲線を作成・表示する機能や、注射に対する緊張感の緩和を目的としたお楽しみ機能が本成長ホルモン製剤の投与と連動して楽しめるなど、患者さんおよび保護者の治療の負担を軽減し、服薬アドヒアランスの向上を促すことを期待して開発された。「めろん日記®」はどのように作られ、成長ホルモン治療にどのような影響をもたらしたのか。製薬企業であるJCRファーマ株式会社(以下JCRファーマ)並びに ヘルスケア企業であるPHC株式会社(以下PHC)の開発チームに話を聞く。

アプリケーションソフトウェア(アプリ)の概要/治療継続支援システムのしくみ
「グロウジェクター®L」専用のスマートフォンアプリケーションソフトウエア「めろん日記 ® 」。2020年にリリースした。

成長ホルモン治療における課題の一つとして服薬アドヒアランスの維持がある。しかし医療従事者が自己注射の状況を把握するには、手書きの記録ノートなどの患者さんの自己申告に頼らざるを得ない。服薬アドヒアランスの維持は成人身長に直結するため、医師は正確に患者さんの治療状況をモニタリングする必要があるが、特に問題がない限り、この成長ホルモン治療での来院頻度は1~3カ月に1回で、実際の注射は在宅自己注射となる。いかに正確に投与状況を把握できるかが、この治療における医療従事者の課題だった。

※2004年1月15日に国際特許公開(日本特許P4598520の他、各国に登録済)

日本企業2社により「めろん日記®」の
基本構想から臨床研究を進める

こうした課題に対して、開発チームは「グロウジェクター®L」に自動記録される成長ホルモン製剤の投与履歴をクラウドサーバー上に保管し、患者さんのみならず保護者や医療従事者がいつでも治療記録を共有できるような基本構想を立てた。
「将来的に広がるであろう遠隔治療も視野に入れ、先生方が患者さんの治療データを一括管理することで、臨床に応用することができないかと考えました。クラウドサーバーに保管された治療記録をリアルタイムに確認することで、治療の継続に問題がないかを確かめることができるようになります」と、「グロウジェクター®L」の開発に取り組んできたJCRファーマの花田崇氏は説明する。

JCRファーマの花田 崇氏
JCRファーマの花田 崇氏

「グロウジェクター®L」の設計開発過程であった2014年に、この構想を仕様に反映する第一段階としてNFCを注入器の機能として搭載した。これにより「グロウジェクター®L」の操作ログはNFCを介して読み取り、品質情報の迅速解析に活用できるようになった。さらに「グロウジェクター®L」とクラウド連携を行う媒体としてスマートフォンを使用できる環境を整えたという。

グロウジェクター®Lシリーズ商品開発の変遷
「グロウジェクター®L」の設計開発過程であった2014年に、クラウド連携を行う媒体としてスマートフォンを使用できる環境が整えられた。

服薬アドヒアランスの維持に貢献する
「治療サポート機能」と「お楽しみ機能」

小児内分泌領域における成長ホルモン治療は、治療が長期にわたり治療効果がすぐには表れにくいこと、治療の有無が直ちに生命の維持に直結しないなどの要因が服薬アドヒアランスの維持をしばしば困難にしている。「めろん日記®」の開発はこの問題を多角的に検討して製品に反映させていった。
注入器に連動した正確な注射の記録・成長の記録の入力などは治療状況を可視化することで患者さんが「自らの課題」として治療に取り組むことをサポートする。アバターの設定・注射継続のインセンティブになるポイント付与などは治療に対する後ろ向きな気持ちを軽減することに役立つ。患者さんが抱えている困難はさまざまで、それらのニーズに応え得る仕様を検討した。(表)

治療サポート機能
注射の記録(注入器読み取り+投与部位記録)
成長の記録(成長曲線描画機能)
注射時間リマインダー
投与履歴カレンダーへのスケジュールやメモの入力
リンク先からの情報収集
お楽しみ機能
アバターの設定
注射継続ポイント付与+ポイントでのアイテム取得
キャラクターからのメッセージ
患者コミュニティ(広場でメッセージ交換)
保護者等などからのメッセージ

こんにちは、めろんだよ!

「めろん日記®」のキャラクターである「めろん」は「めろん日記®」を立ち上げると必ず登場し、患者さんを見守り励ましてくれる存在だ。例えば「元気にしてた?」という日常的な挨拶だけではなく、治療データの読み取り具合から判断して「『グロウジェクター®L』を読み取ってね」や「毎日頑張っているね!」といった言葉をさまざまなポーズで伝える。この「めろん」の設定、使用する色やデザインについても監修の浦上達彦先生(日本大学病院小児科)のアドバイスのもと、多角的に検討された。子どもが発音しやすい語感は何か、「めろん日記®」に使用する色(ビタミンカラー、パステルカラーなど)は何がいいか、記録が見やすいアイコンは何かなど。患者さんに寄り添う「めろん」はこうして誕生した。「“必ず注射しなさい、さもないと良くならないよ”などの治療に対するプレッシャーを与えないという考え方のもと開発しました」と花田氏は説明する。

めろん日記®のキャラクターである「めろん」。患者さんの年齢に応じて、めろんも成長する。また、起動画面に季節のイベントに合わせためろんが登場する。
めろん日記®のキャラクターである「めろん」。患者さんの年齢に応じて、めろんも成長する。また、起動画面に季節のイベントに合わせためろんが登場する。

「めろん日記®」のソフトウエア開発に取り組んだPHCの安藤寛氏は、「スマートフォンのソフトウエアを使用した『めろん日記®』によりさまざまなコンテンツを実現することができ、適正使用のためのサポートツールとしての柔軟な仕様展開が可能になりました」と話す。
注入器だけでは成し遂げられなかったコンテンツ作りを可能としたことで、患者さんに寄り添い成長を見守るための複数のアプローチが取れるようになったといえる。

PHCとJCRファーマは、両社連携の下、2014年~2016年にかけて患者さんへのインタビューやアンケートを行い、成長ホルモン治療履歴のデータ利用の市場ニーズを明確にするとともに、本格的に企画・開発に着手した。「めろん日記®」は、使用者のニーズに真摯に向き合ったからこそ生まれたものだ。そして、こうした取り組みが本当に患者さんの服薬アドヒアランス向上に寄与するものなのか確認するため、「めろん日記®」を用いた臨床研究は2019年2月に開始された。

PHCの安藤 寛氏
PHCの安藤 寛氏

注入器と「めろん日記®」を組み合わせた
新たな治療の可能性を臨床研究で試す

臨床研究では24週間の服薬アドヒアランスは、順守率の中央値96.0%、平均値93.0%となり、観察期間を通じて高い結果となった。
JCRファーマの中野葵氏は「開発当初『めろん日記®』は“お楽しみ機能”により患者さんの注射への恐怖感・保護者の心理的負担感・治療継続への心配を軽減するための役割を担うのではないかと考えていました。しかし、使用者アンケート調査の結果、“注射の記録”や“成長の記録”などの治療サポート機能が積極的に活用されているという新しい気づきがありました」と話す。患者さんのさまざまなニーズに応えるために搭載した「治療サポート」と「おたのしみ」の機能(表)がバランスよく活用されていたという。

成長した姿や季節に合わせた豊富な着せ替えアイテムで、自分のアバターをオシャレに変身することができる。中にもレアなアイテムも用意されている。
成長した姿や季節に合わせた豊富な着せ替えアイテムで、自分のアバターをオシャレに変身することができる。中にもレアなアイテムも用意されている。

また、臨床研究においては、めろん日記を使った患者さんが治療中におたのしみ機能を楽しみ、このことが注射の継続につながった可能性があると評価された。参加した医師からは「患者さんから『いつから一般の患者さんたちが使えるようになるのか』との問い合わせを受けた」といった報告を受けた。また、別の医師は研究期間中に確認した患者さん(9歳女子)のデータに驚かされたという。「その子は、注射記録だけではなく、日記のように治療に対するメモを毎日残していて、”今日も自分で注射できた!” などと入力していた。自分を鼓舞するようなコメントから、治療への積極的な様子が見て取れた」。「めろん日記®」の存在が治療の励みになっていることが分かる一例である。
医師にとっても家庭での治療の様子が共有されるメリットは大きい。治療の導入時に大泣きして、1回目の注射すらできずに帰宅して行った患者さんのことを心配していたある医師は、その後、めろん日記®で共有しているデータを見て安心した。大暴れして注射から逃れていた患者さん(8歳女子)は毎日欠かさずにしっかりと注射を続けているだけでなく、「めろん日記®」のお楽しみ機能を使いこなしていた。コツコツと注射を続けて貯めたポイントで、アバターのアイテムを増やしていき、かわいく着飾ったアバターで広場に登場していた。治療の導入がスムーズではない場合には、その後、家庭での自己注射継続が困難になることが多く、看護師が電話をかけて状況を確認することもある。この患者さんは「めろん日記®」の研究に参加していたため、共有データから確認することができた。
これらのエピソードはPHCにも共有され、リリースに向けた両社の結束は強まった。

この臨床研究の結果を受けて、開発チームは、治療のストレスを軽減しモチベーションを向上させるお楽しみ機能だけでなく、投薬の管理や治療の成果を記録する治療サポート機能も活用されていることを確認することができた。こうして成長ホルモン治療領域において臨床研究前の予想以上に実用性があることとその必要性を再認識した。そこで、正式リリースに向け臨床研究用「めろん日記®」を改善し、2020年10月に一般公開した。デジタル技術を活用する成長ホルモン製剤専用電動式注入器による総合的な成長ホルモン治療の新しい「治療データマネジメント」方法が誕生することになった。

JCRファーマの中野 葵氏
JCRファーマの中野 葵氏

「めろん日記®」に示される成長ホルモン治療
のデジタルトランスフォーメーション

「めろん日記®」の開発に着手した2014年は「ビッグデータ」という言葉が流行するとともに本格的にスマートフォンが普及し始めた時期である。このときのスマートフォンの世帯普及率は65%で、2019年には83%を超えている。保護者の世代である20~30代に限れば、保有率は99%である。このように、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の利用に関する取り組みが進んでおり、昨今のCOVID-19のまん延に至って慢性疾患におけるIoMT(Internet of Medical Things:医療分野のモノのインターネット)の活用、その中でも特に高い世帯普及率を示すスマートフォンの活用への取り組みの加速が期待されている。
IoT環境について、患者さん世代においては小学校教育のデジタル教科書や電子黒板の整備率は約60%であり、保護者世代においても電子母子手帳や禁煙管理アプリなどのデジタル化が推進されている。
「生まれながらにしてスマートフォンとともに生活するデジタルネイティブの患者さんとその保護者の世代にとって、アプリにより治療記録を管理できることは当たり前と感じていると考えます。『めろん日記®』で医療のデジタルトランスフォーメーションを進めることによって、患者さんには治療継続、医療従事者には服薬アドヒアランス管理と患者さんに対するケアの方針検討の一助になればと思います」(中野氏)。

医薬品と医療機器にデジタル技術を組み合わせたこれらの治療システムは、医療におけるIoT化の加速が予想される今、ますます求められるものになりそうだ。

参考文献

  1. Urakami T, et al. Clin Pediatr Endocrinol. 30(2): 85-92, 2021. (PMID: 33867668)
    本研究はJCRファーマ株式会社の支援により行われた。また、本論文の著者にはJCRファーマ株式会社より研究資金、講演料等を受領している者が含まれる。
  2. 浦上達彦. 「めろん日記®」が示す成長ホルモン治療におけるデジタル医療の方向性: 54(1), 231-236. 小児内科. 2022.

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