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世界初、成長ホルモン製剤専用電動式注入器が誕生するまで ―自己注射のサポート、負担の軽減を目指して―

聞き手:ステラ・メディックス 星良孝

日々の自己注射の負担を軽減する目的で2006年に生み出されたのが、世界初の成長ホルモン製剤専用電動式注入器「グロウジェクター®」だ。これは製薬企業であるJCRファーマ株式会社(以下JCRファーマ)とヘルスケア企業のPHC株式会社(以下PHC)が共同開発したもので、第1世代以来絶えず進化と改良を続けている。
現在、多くの患者さんに使用されている第3世代となる「グロウジェクター®L 」(2017年発売)は電動式ならではのコネクティビティを追求したものだ。これらの注入器の開発はどうやって進められたのか。成長ホルモン治療における自己注射をどのように変えてきたのか。開発チームに話を聞いた。

第3世代となる電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。2017年に発売された。
第3世代となる電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。2017年に発売された。

「これ(グロウジェクター®)ならできる!──患者さんが日々そう実感できる製品を目指してきました」
こう話すのはJCRファーマの花田崇氏だ。花田氏は「グロウジェクター®」発売前の2000年から医療機器の商品開発チームとして開発に携わってきた。花田氏は「注射ボタンを押すだけで刺針・注入・抜針の操作が自動に行われること、液晶画面が操作をナビゲートすることがこの電動式注入器の大きな特長だ」と語る。

※2004年1月15日に国際特許公開(日本特許P4598520の他、各国に登録済)

成長ホルモン治療では毎日の自己注射が必要で、注射は患者さん本人または保護者が行わなければならない。自己注射(刺針・注入・抜針)は医療従事者ではない患者さんや保護者にとって大きな負担になっており、特に保護者にとってはいくら治療のためとはいえ子どもの体に注射針を刺すことは心理的な苦痛をもたらすものだった。
成長ホルモン治療は患者さんによっては10年以上になるなど長期にわたる治療となり、治療効果は服薬アドヒアランスの維持に依存する。JCRファーマでは、成長ホルモン製剤の発売と合わせて専用の注入器を1993年から発売していたが、その頃から目指していたのは「患者さんと保護者の負担を軽減し、治療に前向きに取り組むことができる製品を提供すること」(花田氏)だった。

JCRファーマの花田 崇氏
JCRファーマの花田 崇氏

始まりは「針先は見えない、
自動で注入できる」注入補助具

「自己注射を行う患者さんの負担を軽減したい」という思いで注入器開発に取り組んでいたJCRファーマ(当時は日本ケミカルリサーチ株式会社)は、2000年に「コニージェクターペン」という注入補助具を開発した。「コニージェクターペン」は針先が見えない形状で、針を怖がる患者さんに特に好評だった。また、筒状の先端部分を注射部位に押し当ててボタンを押すだけで、内蔵のバネの力で刺針と同時に薬液が注入されることから、手振れや針刺し事故の恐れが少ない注射ができるため、特に注射が苦手な患者さんから喜ばれた。
開発チームはこの補助具が好評であったことから力を得て、さらに患者さんのためにできることを追求していった。次のハードルは、注射するまでの準備の煩雑さの軽減だと考えたチームは、補助具ではなく、注入器本体で刺針抜針を電動制御することを検討し始めた。
しかし、簡便に注射できるマニュアルペンがすでに市場にあるのに、電動式医薬品注入器が本当に必要なのかという意見もあった。「開発初期段階の可動試作機は大きくて扱いづらい、重い、充電の手間や機器の組み立てが面倒などの厳しい反対意見も多く、心が折れそうになったこともありました」(花田氏)。
そんな中、後押ししてくれたのは、やはり医療現場の先生方や患者さんからの声だった。怖くてどうしても自己注射ができずなかなか治療を開始できない患者さんがいることや、せっかく治療を始めても自己注射が続かずに治療を中断してしまうことがあることを聞き、何とかしてあげたいという気持ちが開発への情熱に変わっていった。
それはそのまま、この注入器のコンセプト「自己注射をサポート、負担の軽減」となり、電動式医薬品注入器「グロウジェクター®」は完成した。針を見えなくして、注射ボタンを押すだけの操作にすることで「注射をしている/されている」という感覚をもたずに使えるようになった。
「長期にわたる成長ホルモン治療では、日常生活の”歯を磨く”や”お風呂に入る”などと同等に、ストレスなく生活の一部に組み入れられることが重要です。そのストレスをより緩和したいという想いを貫いて開発しました」と花田氏は振り返る。

グロウジェクター®シリーズ 商品開発の変遷
グロウジェクター®シリーズ 商品開発の変遷

日本の企業2社の連携で開発を進める

「グロウジェクター®」の開発と製造でJCRファーマと連携したパートナーがPHCである。同社は当時、松下電器グループ(現パナソニックグループ)の松下寿電子工業という社名でAV・情報機器メーカーとして有名だった。1991年からは血糖値を測定するシステムの製造・供給をスタートさせ、医療機器の分野に力を入れていたことから、JCRファーマは電動式医薬品注入器開発に一緒に取り組むことになった。
数百万台レベルのAV・情報機器といった、大量生産能力を保有するPHCは、その技術・経験を生かしながら、少量生産かつ製薬企業との密な連携を要する世界初の電動式医薬品注入器の開発を進めていく。
両社が重視したコンセプトは、恐怖感の軽減・簡単で確実な操作・投与履歴を残すこと。当時、デザインを担当したPHCの森政和氏は「患者さんやその保護者が抱える注射の負担や持続の難しさについて、プロジェクト期初から花田さんが熱量をもって語っていたのが印象的でした。確かに薬が良くても注射をしていただけなければ意味がありませんから、継続的な治療の実現を目指して開発を進めました」と振り返る。
森氏ら開発チームはまず簡易の試作品を作り、その試作品の先にレーザーポインターをつけて注射動作を行い、針にブレが生じないかを確かめるなど痛みの原因を作らない形状デザインや各操作ボタンのレイアウトを心掛けた。「針が動くと皮膚の痛点に針が当たる確率が上がり、痛みを引き起こしてしまいます。注射姿勢の安定性を実現することが重要でした」(森氏)。

PHCの森 政和氏
PHCの森 政和氏

投与量の設定や刺針抜針の自動化も行ったが、決して簡単ではなかった。PHCでソフトウエアの設計に当たった近藤紹弘氏は、「操作性だけではなく、針を刺すときの姿勢に影響されることなく安定して薬液を注入できるようにすること、モータを細かく制御して針の動きのスピードを最適化することにも気を配りました」と話す。
もうひとつ重要視されたのが投与履歴の記録だった。従来のマニュアルペンでは手書きでノートに記録する方法しかなかったが、電動では内蔵のマイコンに実際に注射した実績とともに投与量や投与日まで正確に記録される。これは、治療経過を正しく把握したい医師にとっても有益な機能だった。患者さんの自己申告となる手書きのノートでは、患者さんから正確な情報を得ることは難しいと言われていたからだ。
こうして2006年10月に発売されたのが「自動刺針・自動注入・自動抜針」や投与履歴の確認を実現した世界初の電動式成長ホルモン製剤注入器「グロウジェクター®」だった。

PHCの近藤 紹弘氏
PHCの近藤 紹弘氏

拡張する機能―キャラクターやメロディで
前向きな治療をサポート―

開発チームは初代「グロウジェクター®」を0号機と位置づけ、発売直後の2006年12月には医療現場のニーズを収集する立場にある営業部門と連携して、次世代機の開発に動き始めている。
要望が大きかったのは、凍結乾燥製剤の溶解操作の簡便化だった。溶解操作は患者さんが自分でやると失敗することもあり、治療のモチベーションに影響することもあった。これを電子制御化して注射の準備ができるように、ステップの削減を試みた。
初代では凍結乾燥された薬剤を注入器にセットしながら溶かしていた。「セットしながらの操作は力加減が難しく、患者さんにとってひとつの不安要素でした」と花田氏は言う。そこで、ボタンひとつで注入器内部に搭載した自動溶解機能や適正に溶解するためのセンサーを内蔵し注入器の液晶画面に警告が出る仕組みを検討。2012年7月に自動溶解機能を備えた「グロウジェクター®2」を発売した。この第2世代機は、注入器の基本的な機能から拡張した仕様の充実を図ったもので、大型カラー液晶画面・押しやすい操作ボタン・キャラクターやメロディ機能が搭載されている。

このような品質向上の取り組みを緊密に連携しながら進められたのは、JCRファーマとPHCの開発のメンバー全員が日本国内にいたことが大きかった。「JCRファーマからは惜しみなく市場での調査結果やフィードバックいただき、議論を積み重ねたので、細かな改善が可能でした」と、PHCで技術開発に当たってきた矢野賢一氏は振り返る。例えば、初代はデザインが左右非対称だったため右利きの人ならば画面を見ながら操作できたが、左利きだと使いにくかった。第2世代は左右対称のデザインに変更して、右利きでも左利きでも対応可能としたユニバーサルデザイン思想を取り入れた。

PHCの矢野 賢一氏
PHCの矢野 賢一氏

さらに、大型カラー液晶画面にし、キャラクターやメロディの機能も搭載された。PHCの近藤氏は「ブザー音だと味気ないので、選曲を工夫したり、注射をするときになめらかにメロディが流れるようにソフトウエアを制御したりしました」と話す。医療機器としての正確な制御というメモリ容量が限られている中での工夫は簡単ではなかったが、患者さんの恐怖心や負担の軽減、治療継続サポートのコンセプトを追求してこその機能だろう。
治療体制をより良いものにしていきたいという目的で両社は一致していた。花田氏は「生物と化学の会社であるJCRファーマと物理と電子の会社であるPHC。業界が違うので開発初期段階は意思疎通に苦労することもありましたが、長年の協業において徐々に強固なチームワークができ、製品を育てていくノウハウも蓄積されていきました」と振り返る。
PHCの矢野氏は「クライアントから仕様書だけを提出されて依頼を受けて生産する一般的なOEM/ODM電子機器の開発と異なり、互いにアイデアを持ち寄る協力関係を築けたことが大きかった。日本製らしい、かゆいところに手が届く我々が目指すインジェクターの姿が創り出されたと思います」と語る。

電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。グロウジェクター®2から大型カラー液晶画面を備えている。
電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。グロウジェクター®2から大型カラー液晶画面を備えている。

第3世代機 
常に患者さんの声を開発コンセプトに反映

ユーザビリティを高めるために、第2世代を世に送り出してから1年も経たない2013年5月には、第3世代機の開発が始まった。
製剤開発においても、長年検討されていた溶解不要な液状製剤への設計変更が現実味を増してきたタイミングでもあり、注入器の小型化が実現できる新たな可能性も広がっていた。

グロウジェクト®の液体製剤化は第3世代の電動式注入器開発のきっかけになった。
グロウジェクト®の液体製剤化は第3世代の電動式注入器開発のきっかけになった。

さらに、第3世代機ではこれまでの開発スタイルに加えて新たな技術的な取り組みがなされた。電動式注入器であるという利点を最大限に活かしたNFC(Near Field Communication:近距離無線通信)の搭載だ。これによって、注入器本体の投与ログデータ等を外部出力することが可能となり、手元に注入器本体がなくても投与履歴の管理ができるようになるため、治療アドヒアランスをより一層高めることが期待された。
そして、溶解操作不要の液状製剤とともに、第3世代機は「グロウジェクター®L」として2016年11月に開催された第50回日本小児内分泌学会学術集会で展示発表され、翌2017年1月に新発売となった。11月には医薬業界が集うPDA EuropeでのConferenceにおいても紹介の機会を得て、両社の開発スタイルについてもプレゼンテーションし、多くの企業から問い合わせを受けた。使用者⇔販売元⇔製造販売元の間でユーザビリティ向上に関わるインプットが製品に反映されるまで重視され、好循環をもたらしている点が評価され、「グロウジェクター®L」は2017年度グッドデザイン賞も受賞した。

電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。針を見えなくして、注射ボタンを押すだけの操作にした。
電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。針を見えなくして、注射ボタンを押すだけの操作にした。
電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。注射ボタンを押すと電動で隠れていた針が出る。
電動式医薬品注入器「グロウジェクター®L」。注射ボタンを押すと電動で隠れていた針が出る。

JCRファーマで開発に関わった中野葵氏は、「『グロウジェクター®』シリーズの開発は、患者さんの負担軽減をコンセプトに続けたもの。弊社のMRが医療機関と密接につながり、現場の声を集めてくれました。その積み重ねを製品に反映し続けた結果だと思います」と語る。実際、注射が怖くて何年も治療拒否をしていた患者さんが、電動の注入器でなら治療が開始できたという話や保護者に頼らずに自分から率先して注射を行うようになったという例を見るに、個人的に他にはないものを作ったと実感した、と中野氏は振り返る。

JCRファーマの中野 葵氏
JCRファーマの中野 葵氏

近藤氏は、「医師や患者さんが『グロウジェクター®L』の存在により前向きに治療ができ喜んでいると聞いたときには、涙が出るほどうれしく感じた。日本の企業2社が協力関係を継続して製品作りに当たったことが『グロウジェクター®』の強みではないかと感じています」と語る。PHCの北原薫氏も「JCRファーマとPHCのコミュニケーションの良さから商品につながった。PHCとして利用者の生の声(VOC:Voice of Customer)を聞く調査会場に呼んでいただいたり、医師の方々のヒアリングに参加させてもらったりすることで、現場で気づきを得ることができた。今後もVOCを商品にフィードバックしていき、その繰り返しを積み重ねていきたい」と、さらなる進化に目を向ける。

PHCの北原 薫氏
PHCの北原 薫氏

成長ホルモン治療における在宅自己注射の負担軽減を目指してJCRファーマ/PHCの両社が立ち上がり20余年。「グロウジェクター®L」は患者さん、医療従事者において広範に活用され、将来的な双方のデジタルトランスフォーメーションにつながる製品の礎になるものと期待されている。

参考文献

  1. 大山建司, 他. Visual Analogue Scaleを用いたバネ式自動皮下注射による痛みの評価. 小児科診療. 66(10), 149-153. 診断と治療社. 2003.
  2. Bozzola M, et al. BMC Endocr Disord. 11: 4, 2011. (PMID: 21294891)
  3. 浦上達彦, 他. 成長ホルモン製剤専用注入器に関する調査 ―電動式自動注入器グロウジェクター®2の使用感に関する検討―. 小児内科. 48(5), 783-788. 東京医学社. 2016.

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